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第十一章 肌の紋章(3)
日期:2023-12-06 14:45  点击:299

「すると、子爵は奥さんの宝石を売るつもりだったんですか」

「そうだったのでしょう。はじめ御相談があったときには、そんなことはおっしゃいませ

んでしたが、取りやめときまったときに、いまいったようなお話がありました」

 三人はそれから母おも屋やのほうへ歩きだしたが、しばらくしてから耕助がまた口をひ

らいた。

「三島君、君のお父さんは椿子爵と学生時代の友達だそうですね」

「ええ、中学時代の……」

「すると、君も東京のうまれですか」

「いいえ、ぼくは中国筋のうまれです。呉くれだったか、尾おの道みちだったか、なんで

もあのへんだそうです」

「あっはっは、自分のうまれたところを知らないんですか」

「だってね、ぼくの親おや爺じというのが中学校の先生でしたが、あちこち転々しまして

ね、ぼくの物心ついたのは岡山でした」

「なるほど、道理で上かみ方がたなまりがあると思った。京阪神にもいましたか」

「ところが、それは知らないんです。岡山県と広島県ばかりです。親爺というのがどうせ

どさ回りだったんですね」

「この家へ来るようになった動機は……?」

「それが面白いんですよ、復員してみると、おふくろは死んでるでしょう。親爺はずっと

まえに亡くなってるし、親しん戚せきはなしで、半分自や棄けになって東京へ出てきたん

です。そして、いろんな闇やみ物資のブローカーをやってるうちに、こういううちから出

る出物を扱いはじめたんです。そのときふと子爵のことを思い出しましてね。親爺から名

前は聞いていましたし、親爺が生きてるうちは、おりおり文通もあったんです。そこで、

どうせ困っておられるだろうと思って、去年の秋、何か出物はないかとお伺いしたところ

が、渡りに舟だったんですね。それ以来、ちょくちょくお伺いしているうちに、いっそう

ちへ来ないかということになって……これはむしろ子爵より奥さんの御意見らしかったで

すよ。だから子爵の歿ぼつ後ごもこうして御厄介になってるんですが、ほんとうのことを

いうと、この家ではいまぼくがいないと、一日だって暮らしていけませんよ」

 ちょうどそのとき、三人は、古い、荒れ果てた池のそばへつき当たった。金田一耕助が

それを迂う回かいしようとすると、

「ああ、こちらから、あの橋をわたっていきましょう。なに、大丈夫です」

 さきに立って危っかしい橋を渡っていく、三島東太郎のうしろ姿を、奇妙な眼で見送り

ながら、金田一耕助もそのあとからついていった。

 橋をわたったところで東太郎とわかれて、警部と金田一耕助が応接室へかえってくる

と、沢村刑事がただひとり、いらいらした様子で待っている。昂こう奮ふんしきった刑事

の顔色から、すぐに天銀堂での結果が想像されて、金田一耕助ははっと胸がふさがる思い

であった。

「警部さん!」

 沢村刑事が勢いこんで、何か切り出そうとするのを、警部はそっと手でおさえると、用

心ぶかくドアをしめた。それからつかつかとそばへ寄ると、

「どうだった。結果は……?」

 沢村刑事は無言のまま、ポケットからふたつの封筒を取り出した。封筒には天銀堂の名

が印刷してあり、表に万年筆でなにか走り書きがしてある。刑事がそれを読みながら、

「こちらがさっき、フルートのケースから発見されたやつ、それからこっちが天銀堂に

残ってた分です。ひとつ見み較くらべてください」

 ふたつの封筒からころがり出た、ふたつの耳飾りを見較べて、金田一耕助はちょっとの

間、眼をつむっていた。この家にのしかかっている、あまりにも傷ましい運命に、腹の底

が鉛のように重かった。

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