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第十二章 YとZ(2)
日期:2023-12-06 14:50  点击:287

「なるほど、それで奥さんのほかにも、その痣あざのことを御存じのかたがありますか」

「うちのものはたいてい知ってますよ。生まれたときからあるんですからね。もっとも、

若い連中はどうか知らんが……」

「お信し乃のさんも……?」

「もちろん、あいつも知ってます。それについてあいつが何か……?」

 と、云いかけて利彦は、急に気がついたように、警部と耕助の顔を見くらべた。

「それじゃ、あいつはあなたがたに、これについて何も云わなかったんですか」

「ええ、おっしゃいませんでしたよ。いいえ、おっしゃらないばかりじゃない。あの火焰

太鼓のかたちについて何か心当たりはないかとお訊たずねしたんですが、全然、知らぬと

はっきり否定していらっしゃいましたよ」

 利彦はどきっとしたように、妻の華子と顔を見合わせる。色艶の悪い冴さえない顔が、

見る見る蒼あお黒ぐろくくもってくる。

「ねえ、警部さん、金田一君」

 利彦はいらいらと指の関節を折りながら、

「私にもどうもそれが気に食わんのですよ。何な故ぜこのことを、みんな隠したがってい

るんです。そりゃ、自慢になるほどのことじゃないが、といって、別にひた隠しに隠さね

ばならんほどの秘密でもない。私自身、見せびらかしゃあしないが、といって、別に気に

してるわけじゃないんですよ。それだのに、何故あの連中は……金田一さん」

 利彦はとげとげしい、怒りにみちた眼を耕助のほうへ向けると、

「あなたは昨夜の、占いの席の出来事をおぼえているでしょう。あの砂鉢のうえに、この

痣と同じようなかたちが現われたときのみんなの驚き……そりゃ、ぼくだって驚いたさ。

華子だって驚いたでしょう。なんしろ自分の肌にある痣と、同じようなかたちが、思いが

けなく現われたんですからね。しかし、ほかの連中の驚きようは、それとはちがっていた

ような気がしてならんのです。そりゃ、あの連中だって、へんな形が砂のうえに現われた

んですから、それで驚いたのかもわからない。しかし、あの連中はみんな僕の肌にあるこ

の痣のことは知っているんですよ。それだのに、なぜあのときあの連中はそのことをいわ

なかったんです。無邪気に、率直に、なぜ、おや、これは利彦さんの肩にある、痣と同じ

形だね、というようなことを、なぜ、いっちゃいけなかったんです」

 金田一耕助は無言のままうなずいた。かれもいまそのことを考えていたのである。

 利彦は底に酔いの沈んだ眼で、いらいらとかわるがわる警部や耕助の顔を眺めながら、

「じっさい、あのときはぼくも驚きましたよ。いまに誰かがそのことをいい出すかと、内

心ぼくは待っていたんです。誰かが切り出せば、ぼくもいおうと思って待っていたんで

す。しかし、誰もそれをいい出すものはなかった。みんな怖おそれて、そわそわと口をつ

ぐんでいるんです。まるでそれが、なにか恐ろしい禁断のおまじないででもあるかのよう

に。……いったい、あの連中はなぜぼくのこの痣のことを、あんなに怖れ、ひたかくしに

かくしていなければならないんだ。それが、ぼくにはわからない。ぼくのこの痣のことを

近親者なら誰でも知っていることなんですからね」

 金田一耕助はさぐるように相手の眼のなかを覗のぞきこみながら、

「あなた御自身が、そのことについて黙っていらしたのは……?」

「ぼくは別に、このことについて、隠すつもりはなかった。隠さねばならん理由はどこに

もないんだからね」

 利彦の病的なまでに黒い瞳めに、いらいらと焦しよう躁そうの色が燃えあがる。日ひ頃

ごろの胴どう間ま声が、調子っぱずれなキイキイ声にかわってくる。

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