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第十三章 金田一耕助西へ行く(2)
日期:2023-12-06 14:54  点击:318

 金田一耕助が子爵の旅行を、かくも重大視するにいたったのはむろん大きな動機があっ

た。その動機というのはこうである。

 九月三十日。──玉虫もと伯爵が殺害された当日、いったん警視庁へひきあげた金田一耕

助が、例の密告状のなかにある、奇妙なタイプライターの打ちちがいを発見したことは、

前章の終わりで述べたとおりである。

 金田一耕助はそのときすぐに、美み禰ね子こに電話をかけて、そのことについてそれと

なく訊たずねてみた。美禰子にも、しかし、その理由はわからないらしく、

「まあ、YとZの打ちちがいですって? それはどういう意味なんでしょう」

 と、いくらか戸惑いしたような声が電話のむこうから答えた。

「いいえね、あなたのタイプで打つ場合、YとZを打ちちがえるというようなことがたび

たびありますか」

「そうですわね、それは、馴なれないうちは、ずいぶんいろいろ打ちちがいをいたします

けれど、なにもYとZにかぎって間違えるというようなことは……。御質問の意味がよく

わからないんですけれど……」

「いや、それはね、ほかの文字は全部正確に打ちながら、YとZだけは、みんなあべこべ

に打つ……機械によってそういう間違いが起こるとか、あるいは打つ人間によって、そう

いう間違い癖があるとか、そういうことはありませんか」

「さあ、存じませんわねえ、そういうこと。YとZにかぎって間違えるなんて……妙です

わねえ。でも、それ、どういうことなんですの。何かうちのタイプライターが……?」

「いや、いいんです、いいんです。おわかりにならなければ結構です」

 金田一耕助は失望して電話を切った。しかし、かれはどうしても、このことが諦あきら

められなかった。一個所や二個所ならばともかくも、全部が全部、YとZが打ちちがって

いるというのは、そこに何かしら深い意味がありそうに思われてならなかった。

 ところが、その翌日のことである。金田一耕助のもとへ、美禰子のほうから電話がか

かってきた。

「先生、あの……昨日おたずねがありましたYとZの打ちちがいのことですけれどね。そ

れについて、ちょっと心当たりがあるんですけれど……」

「はあ、すると、何かそういうことが、起こりうるという可能性があるんですか」

「ええ、あたし、気になったものですから、昨日あれからタイプの先生のところへ、電話

をかけてお訊ねしたんですのよ。すると、ひょっとするとこうではないか、というような

ことがわかったんですの」

「それはどういうことですか」

「いいえ、あの、電話ではなんですから、これから先生のところへお伺いしたいんですけ

れど……じつはこのことのほかにも、ぜひ先生に聞いていただかねばならぬことがござい

ますの。あたしたいへんなことを発見いたしまして……、自分がとても大きな間違いをし

ていたことに気がついたんです」

 そういう美禰子のことばが、なんだか、ひどくふるえているように思えたので、金田一

耕助も、何かしらはっと胸の躍るのをおぼえた。

「間違い……? ええ、ようござんすとも。お待ちしていますから、どうぞ」

 それから一時間ののちに、金田一耕助と美禰子は、大森の山の手にある割かつ烹ぽう旅

館、松月の離れにある耕助の部屋でむかいあっていた。

「あの……まず、タイプライターのことでございますけれど……」

 美禰子はひどく昂こう奮ふんして、蒼あおざめた皮膚がさむざむとそそけ立ち、瞳めが

異様にとがっていた。それを強しいて押えながら、強こわ張ばった切り口上だった。

「はあ、何か心当たりがついたそうですね」

「ええ、あの……これは教習所の先生にお伺いしたことですから、あたし自身経験したわ

けではないのですけれど、……先生もタイプのキイが、アルファベット順に排列してある

わけではないことを御存じでしょう」

「はあ、それは知っています。昨日もお宅で拝見しましたからな」

 美禰子はうなずいて、

「タイプのキイのアルファベットは、使われる字の頻ひん度どによって排列されているん

です。つまり、いちばんたびたび使われる字を、いちばん使いよい指で打てるように排列

してあるのですわね。それでタイプを打つ場合には十本の指を使いますけれど、どの指は

どの字を打つというふうに、ちゃんときまっているんです。ですから、熟練すると、眼を

つむっていても打つことが出来ます。指がきまってしまいますから……」

「ああ、ちょっと待ってください。眼をつむっていても打つことが出来るというのは、暗

くら闇やみのなかでも打てるということですね」

「ええ、もちろん。……」

「それで、YとZを打ちちがえるというのは……?」

「それは……タイプのキイの排列というのは、どの機械でもみんな同じなんですの。だか

ら、たとえばレミントンで習ったひとでも、眼をつむって間違いなく、ロケットで打つこ

とが出来ます。ところが、ここにただひとつドイツ向けのものになると、往々キイの排列

にちがったものがあるんだそうです」

「ちがったというと……?」

「つまり、YとZだけが、ほかの機械とあべこべについているんですって」

 金田一耕助はふいに大きく眼を瞠みはった。それから急にがりがりと、五本の指で頭の

うえの雀すずめの巣をかきまわした。あまりはげしく搔かきまわしたので、ふけが鵞が毛

もうに似て飛んで散乱した。

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