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第十四章 須す磨ま明石あかし(3)
日期:2023-12-07 15:27  点击:309

「ああ、するとおかみさんは、あのときの調査が天銀堂事件に関係があるということを、

知っていたんですね」

「そら、わかりますがな。警察のかたはなんともいわはりませんでしたけれど、モンター

ジュ写真ちゅうもんがおましたし、それに日付が日付だすさかいに。……でも、そんなこ

とが世間に知れたら、あのかたさぞ御迷惑なさいますやろ思て、わたしらうちのもんに

も、固く口止めしといたんでっせ。それやのにあんなことにならはって、やっぱりあの事

件が打撃やったんやなあと、うちのもんとも話してましたんです」

 関西弁がしだいに多くなっていくのは、おかみの口のほぐれていく証拠である。金田一

耕助はたくみにそこへつけいって、

「するとおかみさんは、椿子爵が自殺されたのは、やはりあの事件が原因だとお思いです

か」

「そらそうに違いおまへんがな。すぐそのあとだしたもの。新聞ではそのこと知らなんだ

と見えて、いろいろゆうてましたけれど……」

 おかみは、そういってからふっと小首をかしげて、

「もっとも、うちにお泊まりにならはったときにも、なんやしら妙やと思たこともおまし

たけれど。……結局、あのかた死神がついてはりましたんやな」

「妙だと思ったというのは……?」

「いえ、べつに取り立てていうほどのことはおませんでしたけれど、お顔の色もすぐれま

へんし、あんまり沈んでいやはりますので、ひょっとすると、自殺なさるんやないやろか

と、うちでもちょっと警戒したんです。ほら、ここら自殺の名所だっしゃろ。それにこう

いう商売をしてますと、ちょくちょくそういうお客さんがあるわけだす」

「ねえ、おかみさん。物の順序として子爵がここへ来られたときのことからお話し願えま

せんか。子爵はだれかの紹介状でも持って来られたんですか」

「いえ、そういうわけでもおまへんのです。ちかごろはいやなことが流は行やりまして、

旅館でもアベックのお客やないと泊めんとこが多いのだす。殿方おひとりだすと、旅館の

ほうで女をお呼びするんで、それを承知のうえやないと、お泊めせんとこが多いのだす

わ。ほんまにもういやらしい。それであのかた、ほうぼうで断わられてすっかりお困りに

なったあげく、うちへ来られたんだす。うちはアベックやないといかんちゅうことはおま

せんのですけれど、いちげんのお客さんは、なるべくお断わりするようにしてますので、

そのときも、一応お断わり申し上げたんだす。しかし、あんまりお困りの御様子だした

し、それにあのとおりのお人柄だすやろ、ついお気の毒になってお泊め申し上げたんです

わ」

「それが一月の十……?」

「十四日の晩だした。これはもう間違いはおまへんの。宿帳にもちゃんとそうついてます

し、それに、それからひと月ほどたって、警察のお調べがおましたので、みんなではっき

り思い出したんです。一月十四日の晩、つまり天銀堂事件の起こるまえの晩の十時ごろ、

わたしが、じぶんでこのお座敷へ、あのかたを御案内申し上げたんだっせ」

 おかみの最後の一句をきいて、金田一耕助と出川刑事は、思わずぎょっと座敷のなかを

見まわした。宿のもののはじめの態度にひきくらべて、案外よい座敷へ通されたものだと

思っていたが、それではおかみにそういう下心があったのかと、金田一耕助もはじめて気

がついた。

 そこは八畳と六畳のふた間つづきで、障子の外には秋雨のしぶく、手入れのいきとどい

た庭がある。いかにも古風で、しっとりと落ちついた座敷である。それにしても問題の人

物が問題の日時に、この同じ座敷に坐すわっていたのかと思うと、金田一耕助も出川刑事

も、なにかしら、身うちがひきしまる感じであった。

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