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第十五章 玉虫伯爵の別荘(2)
日期:2023-12-07 15:29  点击:284

「ところでおかみさん、さっきの話はどうしたんです。椿子爵が玉虫伯爵の別荘のことを

訊たずねたというのは……?」

「ああ、そのこと……」

 おかみは思い出したように、

「いまから考えると、あれはわたしがいけまへなんだやな。玉虫の御前のお名前が出たん

で、ついわたしが御前を存じあげてますちゅうようなことをいいましたのや。それで椿さ

ん、警戒なさったのだすやろ。すぐ話をほかへ持っていきなさって。……その話は、それ

きりになってしまいました。わたしもこのあいだの新聞を見なんだら、そして、あんさん

がたがお見えやなかったら、そんな話のあったことも、忘れてしもたことだっしゃろ」

 おかみはそこで言葉を切ると、無言のまま、自分の膝ひざを視みつめている。山川刑事

は膝をすすめて、

「すると、椿子爵がこっちへ来られたのは、玉虫伯爵の昔の別荘に、何か関係があるとい

うことになりそうかね」

「さあ、それはどうだっしゃろ。とにかく、御前のお名前はそれきり出やしませんなんだ

のですから」

 静かに膝をなでているおかみの様子には、しかし、もっとほかに何か知っていて、それ

をいおうかいうまいかと、思い迷うている色がはっきりうかがわれる。

 金田一耕助は出川刑事に眼配せをしておいて、そっと膝を乗り出した。

「ねえ。おかみさん。このひとはね、このまえやって来た刑事さんの、調べ落としたこと

を調べるために、わざわざこうして来ていられるんだ。御覧のとおりまだお若い。これか

らいろいろ手柄をたてていかなければならないひとだ。それにはしかし、おかみさんのよ

うなひとの、義ぎ俠きよう心にすがらなければならない。だから、おかみさん玉虫伯爵の

ことについて、何か思い出すことがあったら、ひとつ打ち明けてあげてくれませんか」

 おかみは相変わらず膝をなでながら、

「そないにいやはったかて、わたしはべつに。……」

「ねえ、おかみさん、椿子爵の奥さん、つまり 子さんがこちらにいられる時分に、何か

あったんじゃないのかね」

 おかみはそれを聞くとむっくりと顔をあげて、まじまじと金田一耕助の顔を見ながら、

「なるほど、それやったら旦だん那なさん、つまり子爵さんがこっちへこっそり、調べに

来やはったわけがわかりますな。つまり、家内の昔のふしだらやなんか。……しかし、わ

たしの聞いてるのんは、そんなことやおまへんのだす。同じふしだらはふしだらでも、 子

さまは全然関係のないことだす。それやさかいに、申し上げてよいものやら悪いもんや

ら、わたしもさっきから迷うてますのやけれど。……」

 金田一耕助はまた出川刑事と顔を見あわせた。果たしておかみは何か知っているのだ。

しかも玉虫家、あるいはその親戚に関するスキャンダルを。……

「おかみさん、なんでもいいのですよ。あのひとたちに関することなら、どんなことでも

いいんです。ひとつ、話してあげてくれませんか」

 おかみはなおしばらく躊ちゆう躇ちよしたのちに、それでもやっと重い口をひらいた。

「それやったら申し上げますけれど、この話はなるべくならばこの場限りにしておくれや

す。そのために番頭やおすみにも、座をはずさせたんだすさかい。……」

 おかみは、みずから茶をついで、気をしずめるように静かにすすると、ふたりの顔を見

くらべながら、

「御覧のとおりわたしのうちには、こんなつまらん庭でも庭がおます。それで出入りの植

木屋があるわけだすが、その時分、つまり玉虫さんの御別荘のあった時分、うちへ出入り

してた植木屋の親方ちゅうのは、植辰という男だした。その時分、四十二、三、いや、

五、六だしたやろか。職人の四、五人も使てましたが、その植辰が玉虫様の御別荘へもお

出入りしてたわけだす」

「なるほど、それで……」

「その植辰に娘がひとりおまして。名前は、おこまはんいいました。年はわたしよりふた

つぐらいうえだしたやろ。色の白いべっぴんだした。ところで玉虫さまの御別荘ちゅうの

が、ふだんは閑古鳥でも啼なきそうなほどひまだすさかいに、人手もそないにいらんのだ

すが、夏場になると、御親戚のかたが、かわるがわる大勢避暑に来やはります。それでお

こまはんちゅう娘、いまもゆうたとおり器量もよし、植木屋の親方の娘にしては、行儀作

法もひととおり心得てるので、毎年夏になると別荘へ、お手つだいにあがってたわけだ

す。まあ、臨時の小間使いちゅうわけだすな。ところが、そのおこまはんがボテレンにな

りましたんだす」

 金田一耕助は思わず大きく眼をみはった。

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