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第十六章 悪魔ここに誕生す(2)
日期:2023-12-07 15:32  点击:234

「お待ち遠さま。さあ、お案内しまほ。どうぞこっちゃへおいでやして」

 雨あがりとはいえ、このへんの地層は花か崗こう岩がんから出来ているので、水みず溜

たまりはあっても、ぬかるみといってはほとんどなく、かえってしっとりと水を吸った土

が、さくさくと下駄の裏に快かった。西の空がしだいに赤味をましてくるのは、明日の天

気を物語っているのであろう。

「どうやらお天気になりそうだね」

「ほんまにええかげんにあがってくれんと困りますわ。うっとうしゅうて。……」

 そんな話をしながら、三春園から少しはなれると、道は坂の途中へさしかかったが、な

るほどそこから浜辺へかけて、ひと目で見わたせる帯のようなせまい地帯の、いかにすさ

まじい戦災をうけたかがわかるのである。いたるところ瓦が礫れきと、焼けくずれた土の

堆たい積せきで、そのあいだに雑草がわびしげにおい茂っている。それでもさすがに、山

陽本線や電鉄の沿線には、バラックが建ちならんでいたけれど、耕助が歩いていく道の両

側は、まだほとんど、戦災をうけた当時のままだった。

「なるほど、これはひどいね。まるでひと舐なめじゃないか」

「へえ、ほんまに」

 それからしばらく戦争のこと、空襲のおそろしかったこと、このへん一帯火の海になっ

たうえに、逃げまどうひとびとのうえから、機銃掃射が加えられたこと。当時のだれでも

が、会えば必ず話すような話をおすみもしながら、

「それでも下町や繁華街は、たとえバラックにしても、もうあらかた復興しましたけれ

ど、このへんはなまじお屋敷が多かっただけに、なかなかそうはいきまへんのやわ、まさ

か、バラック建てるわけにもいきまへんし、財産税やなんかで、みんなえらい目におうて

はりますさかいにな」

 おすみはそこで、そのへんのお屋敷や別荘の、もとの持ち主の戦後のなりゆきについ

て、二、三例をあげて説明していたが、ふと思い出したように、

「そらそうとお客さん、あんたはん、なんで葛城はんの別荘のあとを見にいかはります

の」

 と、耕助の顔をふりかえった。

「いや、ちょっと。行ってみたところで、大したことはないと思うんだが」

「やっぱり、こんどのお調べに、関係がおますのだすか」

「うん、あるといえばあるような、ないといえばないような」

 言葉をにごす耕助の横顔を、おすみは偸ぬすむように視みながら、

「あのなあ、お客さん、そういえばわたしも思い出したことがおますのよ。さっきお訊た

ずねなさった椿つばきさんのことで。……」

「ほほう、どんなこと?」

 耕助もはじめておすみの意味ありげな様子に気がついて、

「おすみちゃん、椿さんのことならどんなことでもいいんだ。どんな小っちゃな、つまら

んことでもいいんだ。思い出したことがあったら教えてほしいとさっきもいったろ」

「へえ、でも、あのときは忘れてたんですわ。それがさっき、おかみさんが、葛城さんの

別荘へお客さんを御案内しなはれいわはりましたやろ。それで、そうそと思い出しました

んやわ」

「どんなこと?」

「この一月に椿さんが、こっちゃへいらっしゃったとき、やっぱりあの別荘のあとに立っ

てはるのを、わたし見たんだっせ」

 金田一耕助はどきっとしたように目をすぼめた。

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