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第十六章 悪魔ここに誕生す(4)
日期:2023-12-07 15:32  点击:305

「いや、そうじゃない。君の話しぶりを聞いてると、頭脳あたまのよいことがよくわか

る。それにああいう商売をしていると、いろんなことがわかるようになるんだろ。われわ

れの気のつかないようなことが。……さあ、いっておくれ。一月十六日の日。椿さんはど

こへいったと、おすみちゃんは考えるの?」

 金田一耕助におだてられて、おすみはどぎまぎしながら、

「そないにいわれたら、わたしどうにもなりませんわ。でも、せっかくのお訊たずねだす

さかいに、思いきっていうて見ます。間違うてたら堪忍しとくれやすや」

 おすみはちょっと唾つばをのんで、

「さっき番頭さんが、椿さんに明石へいくには、どういったらええかと聞かれたいわはり

ましたやろ。わたし、それで思い出したことがおますの。十六日の夕方、椿さんはおかえ

りになると、すぐお風ふ呂ろへお入りやしたんです。わたしそのあとで、お洋服や外がい

套とうのおしまつをしたんだすが、そのとき、ぷうんと潮の匂においがするのに気がつい

たんです」

「潮の匂い……?」

「へえ、そうだすの、そら、このへんは海が近おますさかいに、潮の匂いは珍しゅうはお

ませんが、そのとき、椿さんの外套やお洋服にしみついてた匂いは、とてもそんなもんや

おませんの。じかに潮を浴びたように。ああそうそう、それから生臭い匂いがしました

し、げんに魚の鱗うろこがふたつ三つ、ズボンや外套のすそについてたんだす」

「魚の鱗が……?」

 金田一耕助はちょっと眼を見張って、

「で、おすみちゃんはそれをどう思うの」

「椿さんはきっと漁師の舟に乗らはったんですわ、明石から。……とゆうてまさか釣りに

いかはったとは思えませんさかいに、それで淡路へ渡らはったんやおまへんやろか」

「淡路へ……?」

 金田一耕助は思わずうしろをふりかえる。

 丘陵の出っ鼻にさまたげられて、すっかりは見えなかったけれど、暮れなずんでいく海

の向こうに、淡路島山がまゆずみ色に煙っている。金田一耕助はふっと怪しい胸さわぎを

おぼえる。

「おすみちゃん、しかし、淡路へわたるには、ほかにちゃんとした舟はないの。連絡船や

なんか……」

「いえ、それはおます。立派な船が一日に五度も六度も、明あか石しと岩いわ屋やの間を

往復してます。しかし、お客さん、椿さんいうかたは、出来るだけあのときの旅行を、秘

密になさっていやはったとちがいますやろか」

「それはそうだ。東京の警察で調べられたときも、三春園に泊まったことまではいった

が、それからさきはどうしてもいわなかったそうだ。いや、いわなかったのみならず、そ

れを調べてくれるなという条件で、三春園に泊まったことを白状したんだそうな」

「それやったらお客さん」

 と、おすみはいくらか得意のいろをうかべて、

「連絡船でわたるより、漁師の舟でいたほうが、安全なんだっせ。お客さんは御存じかど

うか知りませんが、淡路はいまヤミ島やいわれるくらい、神戸大阪からぎょうさん買い出

し部隊が出かけていきますのだっせ。何しろ岩屋で卵買うて、明石へ持って来ただけで

も、三倍に売れるいわれるくらいだすもん。そんな買い出し部隊はみんな漁師の伝馬船や

とていきますの。漁師は漁師で魚釣っても、陸まで持って来よらしません。沖取り引きゆ

うて、みんな神戸大阪から来た商売人に、海のうえで売りさばいてしまうのです。そうい

うわけで、漁師やなんか、みんな多少うしろ暗いことしてますさかいに、警察で調べられ

ても、なかなかほんまのこといやしませんわ。それやさかいに、椿さんが、人に知れんよ

うに淡路へわたろ思わはったら、連絡船でいくより、漁師の舟やとて行かはったほうが、

よっぽど安全やと思いますわ」

 金田一耕助はあらためておすみの顔を見直した。彼女の理路は整然としており、まだ年

少なのにも拘かかわらず、さすがにああいう稼業をしてるだけに、いろんなことを知って

いるのに感服した。

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