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第十七章 妙海尼(1)
日期:2023-12-07 15:33  点击:235

第十七章 妙海尼

 その夜、出川刑事がかえって来たのは、九時過ぎのことだった。さすが精力型の出川刑

事も、昨夜の旅行にひきつづく今日の活動でいくらかバテ気味に見える。

「やあ、御苦労さま。お疲れでしょう」

 金田一耕助もまさかさきに寝るわけにもいかず、おかみを相手にとりとめもない話をし

ていたが、かえって来た刑事のげっそりしたような顔を見ると、慰めがおにいたわった。

「いやあ、どうも、やっぱり知らぬ土地だと、よけい神経を使うと見えてつかれますな」

「ほんまになあ。あんたがたの御商売もたいていやおまへんな」

 と、おかみもいたわるように、

「ときに、あんたはん、お食事は?」

「いや、食事はすませて来ました」

「さよか、ほんならお風ふ呂ろお召しやす。それからいっぱい飲んでおやすみやしたらよ

ろしいわ」

「そうですか。じゃ、そういうことにお願いしましょうか」

 刑事が風呂へ入っているあいだに、おかみは女中にさしずして、寝酒の支度をさせる。

こういう女の常としてひとから頼りにされると嬉うれしいのである。いまではこの若い刑

事に、手柄をさせてやりたいという好意でいっぱいらしかった。

「やあ、どうもいいお湯でした。これでやっとさっぱりしました」

 風呂からあがった出川刑事は、顔をてらてら光らせて、どうやら日ひ頃ごろの精気を取

りもどしたらしい。

「それじゃ、さっぱりしたところでひとつどうです。せっかくのおかみさんの心づくしだ

から」

「やあ、これはこれは。たいへん御ご馳ち走そうがならびましたな」

「いえ、もう、ほんまに、なんにもおまへんのよ。でも、この鯛たいは明石の漁師にたの

んで、わざわざとどけてもらいましたんです」

 明石の漁師ときいて、金田一耕助はふっとおかみの顔を見る。そして、何かいいかけた

が、すぐ思い直したように、

「ときに、出川さん、だいぶお手間がとれたようですが、何か耳よりな聞き込みがありま

したか」

「さあ、それがねえ。しめたっと思ってたぐっていくと、全部途中で糸が切れよる。で

も、まあ、第一日としては成功の部ですかな」

「あの……わたしは御遠慮しまひょうな」

 おかみが大きなお臀しりを持ちあげようとするのを、金田一耕助はあわてておさえて、

「いや、おかみさんはここにいてください。いろいろまた、お智恵を拝借しなければなら

ぬことがあると思いますから。ねえ、出川さん、いいでしょう」

「いいですとも。何しろわれわれふたりとも不案内な土地で……それになるべくなら、こ

ちらの警察の手を借りたくないと思っているんですから、おかみさんが何よりの頼りで。

……」

 そういわれるとおかみも嬉しいのである。大きな臀を落ちつけて、

「あら、まあ、わたしらなんにもお役に立ちませんけれど、その代わり、しゃべったらい

かんことは、絶対に、しゃべりゃいたしませんから。……それで、あの、植辰のおっさん

の消息はわかりましたかいな」

「はあ、わかりました。ところがねえ」

 金田一耕助はあまりいける口ではなかったが、出川刑事は好きらしく、おかみさんの酌

しやくで、いかにも楽しそうに盃さかずきをなめながら、

「植辰の親おや爺じというのは、死んだそうですよ」

「あら、まあ、どないして……あんな丈夫そうなおっさんが……」

「それが、やっぱり、空襲でやられたんだそうで。板宿というんですか、あのへんいった

いやられた晩、植辰の親爺は酔っぱらって、空襲の最中に、ふんどし一本の素っ裸で外へ

とび出し、もっと来い、もっと来い、どんどん落とせなんていばってるうちに、ほんとう

に直撃弾にやられて、死んじまったそうです」

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