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第十七章 妙海尼(2)
日期:2023-12-07 15:51  点击:225

「あら、まあ、わたしちっとも知りまへなんだわ。もっともその時分、わたしは疎開して

て、こっちゃにおりまへなんだんやけれど。でも、まあ、いかにも植辰のおっさんらしい

最期だすな」

「あっはっは、植松の親爺もそういって笑っていましたよ」

「そうすると、出川さん、植辰の線はそこで切れてしまったわけですか」

「いや、そういうわけでもないんです。植辰は死んだ時分、おたまという若い妾めかけと

同どう棲せいしてたそうですが、……そうそう、このおたまという女は、こちらのおかみ

さんも御存じあるまいと植松はいってましたな。植辰の親爺はその後何人も女を取りかえ

て、最後に同棲していたおたまというのは、三十五、六の、酌婦あがりかなんからしいと

いうんですが、これが、植辰から、何か聞いてやあしないかと思うんですがね」

「それで、あの、おこまはんやお小さ夜よちゃんの消息は……?」

「いや、それについては、話があるんですよ」

 出川刑事は鯛の刺身をつつきながら、

「植辰がやられたとき、妾のおたまは植松のところへ避難してきたそうです。植松のうち

は、ああして助かってますからね。植松も話をきいて驚いて、捨ててはおけんというわけ

で、植辰の死し骸がいをひきとり、その時分のことですから、何も出来なかったが、とに

かくかたちばかりのお葬とむらいをしたそうです。そのとき、植辰のいちばん濃い身寄り

といえば、娘のおこまと、妾にうませた息子の治雄……と、いうんだそうですね。このふ

たりだが、息子のほうは当時兵隊にとられていたので、おこまさんだけにはぜひ知らさな

きゃ……と、いうことになったが、植松ではもうながいこと、おこまとは縁が切れてし

まって、どこでどうしているか、ちっとも知らなかったそうです。ところが、おたまとい

う妾が知っていて、じぶんでいって呼んで来たそうですが、そのときは植松も驚いたと

いってました。なんでも十年ぶりかなんかで会ったんだそうですが、すっかりやつれて、

昔の面影さらになしという、ていたらくだったそうで」

「まあまあ、可哀そうに。あの器量よしのおこまはんがなあ。ずいぶん、苦労したんだっ

しゃろな。それで、源やんやお小夜ちゃんは……?」

「さあ、それなんですよ。亭主の源助というのは、おかみさんもいったとおり、神戸で土

方かなんかしていたが、悪い病気をもらって、気がくるって死んでしまったそうです。ど

うもおこまさんも、この病気をもらっているんじゃないか。なんだか、そんな顔色でした

と、植松はいっていましたがね」

「まあ、まあ、なんて因果な。ほんまに可哀そうに。……それでお小夜ちゃんは? あの

子はもうええ娘になってる年とし頃ごろだすが」

「ところが、そのお小夜という娘も死んだというんです」

「へっ、あの、お小夜ちゃんも」

「そうなんです。しかし、それがどうもおかしいと、植松はいうんですよ。おこまさんに

お小夜ちゃんのことを聞くと、あれも死にましたといったきり、いつ、どこで、どうして

死んだかというようなことは、絶対にいわなかったそうです。あれには何かわけがあるら

しいと、植松はいってましたがね」

 金田一耕助はだまって考えていたが、

「ところで、その植松の親爺というのが、最後にお小夜という娘を見たのは……?」

「なんでも、その子が十一か二の時分だったそうですが、この子はいくいく、どんなべっ

ぴんになるだろうと思われるような、それはそれは可愛い娘だったそうです」

 出川刑事はそういって、盃を持ったまま、じっと意味ありげに金田一耕助の瞳めをみ

る。

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