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第十七章 妙海尼(4)
日期:2023-12-07 15:52  点击:221

「ああ、金田一先生は御存じないかも知れませんが、新開地というのは、まるで浅あさ草

くさの六区みたいなところですな。おまけにすぐそばに、吉よし原わらに相当する福ふく

原はらという遊ゆう廓かくがある。まあ、たいへんなところですな。だから、そういう種

類の旅館もやたらにあるんですが、それでもやっと、六軒目か七軒目につきとめました

よ。おたまがいたといううちをね」

「おたまがいた……? それじゃ、もうそこにはいないんですか」

「そうなんです。今年の三月ごろまではそこにいたんですが、その後どこかへ行っちまっ

たんですね」

「そして、その宿ではおたまの現在の居所を知らないんですか」

「知らないんです。知らないのも道理、おたまはそこの物を持ち出して逃げたというんだ

から、居所を知られるようなヘマをするはずがない。……」

「あれ、まあ、運の悪い。せっかく、そこまでつきとめはったのに……」

 おかみは大きく溜ため息をつく。出川刑事はこともなげにわらって、

「いや、おかみさん、われわれの仕事って、万事こんなものですよ。そう、とんとん拍子

にいっちゃ苦労はありませんや。今日など、むしろうまくいき過ぎたくらいですよ」

「ほんまにそうだっしゃろな。えらいお仕事やいうことがわかりまんな。まあ、ひとつ、

熱いのが来ましたから」

「はあ、どうも有難う」

「ところで出川さん、そこで何か聞き込みはなかったんですか。おたまの識しり合いやな

んかについて。……」

「それも聞いてみました。ところがおたまは戦争で、身寄りのものは皆なくしたとかいっ

てたそうで、そこに奉公しているあいだ、たずねて来たものはひとりもなかったそうで

す。ところが最近……それも、一昨日のことですがね、こちらにおたまさんというひとが

いるはずだが……と、たずねて来たものがあるそうです」

「一昨日……? どういう人物ですか」

「尼さんなんだそうですがね。宿のものがおたまさんはもうここにいない、居所もわから

ないというと、ひどくがっかりして帰っていったそうですが、かえりがけに、もしおたま

さんの居所がわかったら、淡路から妙海の尼がたずねて来たと伝えてくださいと、そうい

いおいてかえっていったそうです」

「淡路から……?」

 とつぜん金田一耕助は弾かれたように、ちゃぶ台から身をのり出した。

「そ、そ、そして、出川さん、その尼というのは、い、いったい、ど、どんな女なんで

す」

 金田一耕助の権幕があまりはげしかったので、刑事もおかみもびっくりしたように顔を

見直した。刑事は盃さかずきをおいて、

「金田一先生、なにかその尼さんに……?」

「いや、そ、そ、それについてはあとでお話しします。それより、その尼さんというの

は、いくつぐらいの年とし頃ごろで、どういう女だかわかりませんか」

「だいたいのことは聞いてきましたがねえ。しかし、わたしもその尼が、そんなに重要な

人物だとは気がつかなかったものですから。……なんでも五十五、六の、ちょっと小こ綺

ぎ麗れいだが、顔色の悪い女だそうで、……そうそう、右の眼め尻じりに小さなほくろが

あったとかいってましたが……」

「あら、まあ、ほんならそれ、おこまはんとちがいまっしゃろか。おこまはんにも、右の

眼尻に小さなほくろがおましたが……そやけど年かっこうがちがいますな。おこまはんは

ことし四十二か三やと思いますけど。……」

「それだ! おかみさん、それですよ!」

 金田一耕助は昂こう奮ふんのために声をふるわせて、

「植松の親爺はなんといったと出川さんはおっしゃった? ずいぶんやつれて、昔の面影

はさらになかったといったそうじゃありませんか。おこまは苦労と悪い病気で、すっかり

老ふけてしまったのに違いない。そして、出川さん」

「はあ」

「椿子し爵しやくは、一月十六日に、その女をたずねて淡路へわたったのに違いありませ

んよ」

 出川刑事はびっくりして眼をまるくした。

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