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第十八章 不倫問答(3)
日期:2023-12-07 15:54  点击:288

 そして、そのことはお種が小夜子であった場合も同様である。お種がかりに新宮子爵、あるいは玉虫伯爵のおとしだねであったとしても、それがとくに椿家の家名にかかわろう

とは思われぬ。お種は子爵に同情し、子爵もお種を可愛がっていたというから、いまかり

に、ふたりのあいだに主従以上の関係が結ばれていたとしても、──謹厳な椿子爵にそのよ

うな間違いがあったろうとは思われぬが──そして、そういう関係が結ばれてから、お種の

素性がわかったとしても、そのために子爵が自殺しようとは思われぬ。

 お種が新宮子爵の子であった場合は妻の姪になり、玉虫伯爵のかくし子であった場合

は、妻のいとこということになるから、それはそれで、たしかに不倫なことにはちがいな

いが、そのために椿家の家名が泥沼に落ちるというほど、深刻なショックを、子爵にあた

えようとは思われぬ。それに第一、お種も悪い器量ではないが、大きくなったら、どんな

べっぴんになるだろうと、いわれたほどの美人ではない。

「しかしねえ、金田一先生」

 と、出川刑事はまたいった。

「おかみの言葉によると、妙海という尼は、おこまにちがいないように思われる。それか

らまた、子爵がおこまに逢あいにいったということも、だんだん、ほんとうらしく思えて

きました。そうすると、おこまは子爵になんの話をしたんです。おこまは常雇いの小間使

いじゃなかったんでしょう。ただ、夏場だけ伯爵の別荘へ手伝いにいっていたんでしょ

う。そんな女が玉虫家なり、新宮家なりの、それほど深い秘密を知るはずがないじゃあり

ませんか。お小夜のこと以外には。……だから、やっぱりお小夜がどこかにいるんです

よ。子爵に非常な脅威をあたえるような立場で、……」

 それについて金田一耕助はこういう意見をのべた。

「それはそうかも知れませんが、しかし、植松という男が、最後にお小夜を見たのは、十

一か二の時分だったというんでしょう。するとそれまでお小夜は神戸にいたわけですね。

それからすぐ上京したとしても、お小夜にはどこか上方なまりが残っていなければならぬ

はずです。ところが菊江にしろお種にしろ、みじんもそんなところはありませんからね

え」

「そりゃああなた、十年以上も東京にいれば訛なまりだって抜けまさあ。それも一人前の

人間になってからだと無理かも知れませんが、十一や二で東京のものになってしまえば、

生きっ粋すいの東京人とかわりゃしませんよ」

「それもそうですが、しかし、名詞のアクセントというやつは、なかなか改まらないもの

なんですがね、たとえ蜘く蛛もと雲、橋と箸はしと端、こういう言葉のアクセントは、関

東と関西じゃまるで反対になっているんです。ところが、いまあの家にいる連中で、それ

が違うのは三島東太郎だけなんですがね」

「ああ、あの男は岡山だというから。……しかし、それだって長く東京にいれば変わって

来ますよ。ことに菊江は花柳界にいたのだから、やかましく注意されて改めたのかも知れ

ない」

 出川刑事は菊江を小夜子にしてしまったが、金田一耕助にはしかし、もうひとつ合点の

いかぬ筋がある。

 おこま妊娠の一件があったとき、おこまの親おや爺じの植辰は、玉虫の御前からたんま

り金をもらったらしく、そののちとても景気がよかったという。それは頷うなずけるとこ

ろである。おこまを孕はらませたのが、玉虫伯爵にしろ、新宮子爵にしろ、娘ひとり疵き

ず物ものにしたのだから、玉虫伯爵が責任をとって、相当の手切れ金を出したであろうこ

とは想像される。しかし、その後も植辰が玉虫伯爵をゆすっていたらしく、いつも景気が

よかったというのがわからない。

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