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第二十章 刺客(4)
日期:2023-12-07 16:28  点击:281

 十月一日といえば、椿つばき家けの殺人事件が、はじめて新聞に載った日であり、その

日、妙海尼はおたまをたずねて、わざわざ神戸のミナト・ハウスまで出向いているのだ。

 おそらく妙海尼は神戸で、手に入るかぎりの新聞を買って来たのにちがいない。そし

て、昨日も一昨日も、ひとつの新聞だけでは心もとなかったので、この近所で手に入るか

ぎりの新聞を買ったにちがいない。これを見ても妙海尼が、一日以来の新聞にいかに大き

な関心をはらっていたかわかるし、それはおそらく椿家の事件のせいだったろう。

 金田一耕助はまた、一歩先んじられたくやしさに、腹の底が鉛のように重くなるのを感

じた。

「ときに、さっきここにお坊さんがいらっしゃいましたね。あれはどういうひとですか」

 金田一耕助は部屋のなかを見まわしながら訊ねた。

「ああ、あれは隣村の法乗寺のお住持さんで、慈道さんというんです。妙海尼を世話し

て、ここへ住まわせるようにしたのもあのひとなんで……」

 金田一耕助は出川刑事と顔を見合わせ、

「ああ、そう、それでは、ちょっとここへお呼び願えませんか」

 遠慮して座を外していた慈道さんは、呼ばれてすぐに部屋へ入ってきた。お医者さんた

ちがかえったので、せまい仏の枕もとにも慈道さんと金田一耕助、それから出川刑事の三

人が、かろうじて膝ひざをいれる余地があった。土地の警察のひとたちは、土間に腰をお

ろして好奇的な眼でこの三人を見守っている。

「お住持さん、このたびはとんだことになりまして……」

 と、金田一耕助はもじゃもじゃ頭をさげると、

「じつは、わたしどもはこのかたを……仏になられたこのひとを訪ねて、わざわざ東京か

ら出向いて来たものですが、ひと足ちがいでこんなことになって、まことに残念に思って

おります。それについて、お住持さんにお訊たずねいたしたいことがございますんです

が……」

「東京からわざわざこれを訪ねて……?」

 慈道さんは白い眉まゆをつりあげた。もう六十を越えているのだろうが、眉こそ白け

れ、よくふとった血色のいい坊さんだった。

「すると、あんたがた妙海をよく御存じかな」

「いえ、そういうわけではありませんが、このひとにたずねたら、あるいは、いまわたし

どもの当面している難問題が、解決するのではないかと思いまして……」

「難問題というと……?」

 金田一耕助はちょっとためらったのち、

「殺人事件でございます。ひょっとすると妙海さんが、その事件の秘密を知っているので

はないかと思いまして……」

 土間のほうでちょっと大きなざわめきが起こる。慈道さんも白い眉をつりあげて、

「ええ……と、あんたはなんといわれるかな。お名前は……?」

「わたしは金田一耕助と申します。こちらは出川さんといって警視庁から出張して来られ

た刑事さんで……」

 慈道さんは大きな眼で、穴のあくほど耕助の顔を見ながら、

「金田一さん、あんたのお考えはどうじゃろうか、妙海はひょっとすると、椿子し爵しや

くのうちの殺人事件の、犯人を知っていたがために殺されたのじゃあるまいか」

 椿子爵家の殺人事件ときいて、土間のざわめきはいっそう大きくなった。一同は固かた

唾ずをのんで、仏の枕元に坐っている三人の顔を見くらべている。耕助も膝ひざを乗り出

して、

「ああ、お住持さん、あなたはそのことを御存じなんですね。ええ、そうです。そうで

す。ぼくもそう思っているんです。それでなければ、偶然としてはあまり深刻すぎますか

らね。犯人はわたしどもが調査のために、こちらへ来ることを知っていたんです。それで

先まわりをして、自分で来たか、それとも刺客をよこしたか、ひとあしさきにやって来

て、妙海さんの口をふさいでしまったんです」

 土間にみなぎる緊張の気は、いよいよ濃度をましてくる。切ないような息使いや、空か

ら咳せきの音が一瞬の静かさをいっそう際立たせる。


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