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第二十章 刺客(6)
日期:2023-12-07 16:29  点击:306

 慈道さんはもと阪神間の住吉にある、大きな真言寺の住持だったが昭和十七年ごろそこ

を弟子に譲って、故郷の淡路へ隠居したのである。しかし、その後もちょくちょく住吉の

ほうへ出かけていったが、その寺の大檀だん家かに溝口という家があった。溝口家の隠居

というのが大の慈道さん崇拝で、慈道さんは住居へいくと、必ずひと晩かふた晩その家に

泊まった。おこまは溝口家の女中をしていたのである。

「これは、いつも自分は罪業のふかい身じゃといって、わしが泊まるとよく話を聞きた

がった。つまり仏の教えによって活いきる道を求めようとしていたのじゃな。その態度が

たいへん熱心じゃったし、それに心掛けのよい女じゃったで、わしもいろいろ眼をかけて

おった。その時分、おこまは亭主をなくしてひとり身じゃったが、娘がひとりあって、ど

こかへ奉公していると聞いていたが、その娘があるとき、わしがそこへ泊まっているうち

に遊びに来たのじゃ。きれいな娘じゃったな。その時分、二十はたちくらいじゃったろう

か」

「その娘は、その後どうしたか御存じありませんか」

 出川刑事の声は昂こう奮ふんのためにふるえている。膝のうえにおいた拳こぶしもぶる

ぶる痙けい攣れんしていた。

「死んだよ、可哀そうに、自殺したそうじゃ」

「自殺した……? そ、それはいつのことです」

「いつのことだか、淡路と住吉と離れているで、わしも詳しいことは知らぬが、おお、そ

うそう、そこに、位い牌はいがある」

 仏の枕元にある小さな厨ず子しをひらいて、慈道さんが取り出したのは黒塗りの位牌で

ある。

「慈雲妙性大姉……ああ、これじゃ、これじゃ。俗名堀井小夜子、昭和十九年八月二十七

日亡……」

 出川刑事はひったくるようにその位牌をとって、かみつきそうな眼で裏面に彫られた文

字を読んでいたが、

「それじゃ……お小夜は死んでるんですか」

 がっかりしたような声音である。無理もない。これによって出川刑事の小夜即菊江説

は、一挙にして粉砕されたわけである。

「お住持さん、しかし、お小夜はなんだって自殺したんです」

「さあ、それよ」

 慈道さんは眼をギロリと光らせて、

「その間の事情はわしも一いつ向こう知らなんだ。第一、お小夜が死んだことすら、ずっ

とのちまで知らなんだのじゃからな。ところが、このあいだ、一昨日、妙海がうちへ来た

とき口走った言葉によると、お小夜の自殺も、なにか今度の椿さんの殺人事件に、関係が

あるようなことをゆうておった。そのときにはわしは、何ということやろうと思うていた

が……」

「お住持さん、お小夜が死んだというのは、ほんとうのことでしょうねえ」

 出川刑事は位牌を持ったまま、まだ諦あきらめきれぬ顔色である。慈道さんは白い眉ま

ゆをひそめて、

「そこに位牌がある以上噓うそはあるまい。なんなら住吉の溝口へいって聞いて見なさる

がよい。あそこではもっと詳しい事情を知ってるかも知れん。おこまが尼になると決心し

たのも、娘のことが一ばん大きな原因だったようじゃが……」

 出川刑事は慈道さんから聞いて、住吉の溝口家のところをひかえていた。

「ところでお住持さん、もうひとつお訊ねがあるんですが、妙海さんはこの春、椿子爵が

訪ねて来たというようなことをいってやあしませんでしたか」

「ああ、聞いた、聞いた。それもこの間聞いた。あのときなにもかも打ち明けたのが浅は

かじゃったと、妙海はそれをひどく気にしていたが……」

 金田一耕助の頭のなかには、いよいよはげしく蜂が舞いくるう。それは一匹の蜂ではな

く、数匹あるいは数十匹の蜂のようであった。

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