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第二十一章 風神出現(1)
日期:2023-12-07 16:30  点击:258

第二十一章 風神出現

 十月四日といえば、玉虫もと伯はく爵しやくが殺されてから、ちょうど六日目にあたっ

ているが、その晩は宵のうち、麻布六本木にある椿つばき邸ていは妙に無人だった。もっ

ともその夜、外出したひとびとには、それぞれほんとに用事があったり、あるいは当人、

用事があると思っていたのだけれど、あとになってわかったところによると、当人が噓う

そをついているのでないとしたら、誰かに欺かれて、まんまと外へおびき出されたことに

なるのである。

 その夜の夕食の席のことである。餉ちやぶ台だいについた新宮利彦が、広い茶の間を見

まわして、

「おや、今夜はばかに静かだね。みんなどうかしたの」

 例によってのろのろとした濁だみ声である。

 玉虫伯爵が非業の最期をとげて以来、 あき子こがとかくおびえるので、椿家の邸内に住

んでいるひとびとは、三島東太郎や女中のお種のような奉公人は別として、みんなひろい

茶の間にあつまって、会食することになっているのだが、その夜は 子の乳母の信し乃の、

子の主治医の目賀博士、それから玉虫伯爵の愛あい妾しよう菊江と、その三人の姿が欠け

ていた。

「皆さま、お出かけよ」

 美み禰ね子こがおこったようなそっけなさで答える。美禰子はいつもこの伯お父じの、

のろのろとした胴どう間ま声を耳にすると、じりじりするように癇かんがたかぶってくる

のである。

「お出かけ? お揃そろいでかい?」

「そうじゃないのよ。伯父さま、御存じじゃありませんか」

「何を……?」

「菊江さんは東劇よ。明日の切符でなくってよかったと、昨日このお席であんなに喜んで

いたのを聞いてらしたじゃありませんか」

「そうだったかね。忘れたんだよ。だけど、どうして明日の切符じゃいけないんだい」

 利彦は廃人のように空虚な瞳めを美禰子にむける。相変わらず白いけれど冴さえない顔

色である。美禰子はそのしまりのない、ちょっと間の抜けた感じのする口くち許もとを見

ると、いっそう焦いら立だたしさを搔かき立てられる。

「まあ、伯父さまは忘れてらっしゃるの。明日は玉虫の伯父さまの初七日じゃありません

か。菊江さんがいくらあんなひとだって、伯父さまの初七日をうっちゃらかして、芝居見

物も出来ないじゃありませんか」

「ああ、そうか」

 間延びのした新宮利彦の返事を聞くと、美禰子はいっそういらいらして来て、

「伯父さまはいつもそうなのね。御自分の快楽のことばかり考えていらっしゃるから、ほ

かのことは何ひとつおわかりにならないのね」

「美禰子さん」

 そのとき、女王のようなきらびやかさで、上座に坐っていた 子が、例によって甘ったる

い声でたしなめた。

「伯父さまにむかって、そんなにズケズケいうもんじゃありませんよ。華はな子こさま」

「はあ」

「堪忍してやってくださいましね。この娘ったら、いったい誰に似て、あんなに娘らしく

ないんでしょうね」

「いいえ」

 毎度のことなので、華子はもう諦あきらめきったように落ち着いている。

「みんな美禰子さんのおっしゃるとおりですから。……」

「伯母さま、すみません」

 美禰子もさすがに気がとがめたらしく、

「あたし、どうしてこうなんでしょう。伯父さまとお話ししていると、なんだか、とても

じりじりしてくるんですもの」

「きっと性がお合いにならないのね」

 華子は悲しさに顔をふせたが、利彦はそんなことにお構いなしに、

「 子さん、信乃はどうしたの」

「成せい城じようへまいりましたのよ。お兄さま」

 子のお兄さまという言葉の調子には、女学生のような甘ったるさがあり、美禰子はいつ

もそれを聞くたびにぞっとするような悪お寒かんをおぼえる。その一事だけでも美禰子は

この伯父を好まなかった。

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