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第二十一章 風神出現(2)
日期:2023-12-07 16:32  点击:256

「成城って及川のうちかい」

 及川というのは 子にこの邸宅を譲った、母方の祖父のことである。

「ええ、そうよ、お兄さま。及川の伯父さまから信乃に来てほしいって電報が、さっきま

いりましたのよ。それで信乃は大急ぎで出かけていきましたの」

「及川から……? いったいどういう用事だろう」

「さあ、わかりませんわ。でも、信乃は及川の伯母さまのお気に入りだから、きっと何か

頼まれるんでしょう」

「おれに小遣いでもことづけてくれると有難いんだがな。あっはっは」

 利彦は濁だみ声をあげて、いやしい笑いかたをすると、

「それから蟇がま仙人はどうした、蟇仙人は?」

「まあ、いやなお兄さま。蟇仙人だなんて。……」

  子もさすがにむっとしたらしく、頰ほおを染めて兄をにらむ。利彦はちょっとあわて

て、

「いや、御免、御免、目賀博士はどうしたの。もうこのうちから引きはらったのかい?」

 蟇仙人の一言がこたえたらしく、 子がおこって答えないので、そばから美禰子が口を出

した。

「目賀博士は今夜会があるので、横浜までお出かけになりました。おそくとも十時までに

はかえって来るというお話でした」

「会合……? だって会合は明後日だといってたじゃないか」

「それが急に今夜に変更になったって、さきほどお電話がかかって来たんです。それで、

目賀博士は大あわてでお出かけになったんです」

 美禰子は暗あん誦しようでもするような調子である。利彦はふいとふとい眉まゆをひそ

めて、

「ふむ、誰もかれも出かけるんだな。一彦、おまえも今夜、美禰子といっしょに出かける

とかいってたな」

「はあ」

 一彦は言葉すくなに答える。

「どこへ出かけるんだ」

 一彦はしかしうつむいたまま答えなかった。

「おおかた映画でも見にいくんだろう。おまえら、のんきでいいことだな」

 その言葉の調子があまりとげとげしかったので、美禰子がたまりかねたように金切り声

をあげた。

「いいえ、伯父さま。そんなのんきなお話じゃございませんのよ。一彦さまは今夜、就職

口を頼みにお出かけになりますのよ」

「就職口を……?」

「ええ。そう。一彦さまは以前から、就職口をさがしていらしたんですけど、幸いあたし

のタイプの先生が、いい口があるからとおっしゃってくだすったのよ。それで今夜、あた

しが一彦さまを、先生に御紹介することになっておりますのよ」

 美禰子の声は怒りにふるえている。

 利彦はちょっと呆あつ気けにとられたように、ぽかんと間延びした顔で、美禰子と一彦

を見くらべていたが、急に華子のほうをふりかえると、

「華子、おまえそのことを知っていたの」

「はい、存じておりました。よいことだと思いますから、あたしも賛成しております」

 華子は落ち着きはらっているが、それでも語尾がかすかにふるえる。

「あっはっは、そうか。一彦、おまえ働くのか。いったい、いくらくれるんだ、出来るだ

けたくさん吹っかけてやれ」

「あなた、そんなさもしいことを……」

「何がさもしい。おまえは黙っていろ。一彦、それじゃ向こうへいったらな、ついでにお

れの口も頼んでみてくれ。なんにもしないでサラリーをくれるようなところはないかと

な」

「あなた、あなた」

「なんだ、何があなただ、だいたいおまえに口をきく権利があるのかい。おまえの親父は

あれゃなんだ。自分の娘婿がこんなに困っているのに、貢ぐすべも知りやがらねえ。おれ

はおまえのような女と結婚するんじゃなかったんだ。あの時分、縁談は降るほどあったん

だから、もっとほかの女と結婚していれば、いまごろこんなに困ることはなかったんだ」

 華子はぴいんと胸をそらして、真正面から良おつ人との顔を見すえている。血の気のひ

いた顔色は真まっ蒼さおだったが、そうして胸をそらしていると、柄の大きな婦人だけ

に、堂々としている。軽けい蔑べつとも憐れん愍びんともつかぬ、一種複雑な色が華子の

瞳めをいきいきとかがやかせた。

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