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第二十一章 風神出現(4)
日期:2023-12-07 16:32  点击:262

 こうして七時ちょっと過ぎ、華子が家を出ると、椿邸にのこったものは、利彦と 子の兄

妹と、女中のお種の三人きりになった。

 むろん、警察ではまだ警戒をゆるめず、それとなくこの屋敷を見張っているものの、そ

れももうほんの形式だけのもので、あまり熱心なものではなかったらしい。

 八時半ごろ三島東太郎が大きなルック・サックを背負ってかえってきた。通用門の外に

張りこんでいる刑事がうさん臭そうにそれを見送っていた。

 勝手口から入っていくと、台所で後片付けをしていたお種が、

「あら、お帰りなさい。疲れたでしょう」

「ああ、すっかりくたびれた。乗り物がたいへんだからね」

「ほんとうに。こんな時代にことがあるとたいへんだわ。でも間にあった?」

「うん、あらかたね。ゼイタクはいえないけれど、ああ、腹がへった」

「あら、御飯まだだったのね。すぐ支度するから待っててね」

 奉公人たちの食事するところは、あの広い茶の間のつぎの間になっている。東太郎は

ルックをおろしてどっかとあぐらをかくと、

「どうしたの。いやに静かじゃないか。みんなもう寝ちまったの」

「みなさん、お出掛け、ほんとうに心細かったわ」

「どうして?」

「だって、一時間あまりというもの、この広いお屋敷に、あたしと奥さまと新宮さんの三

人きりだったんですもの。あたし、怖こわくって、怖くって……」

「あっはっは、お種さんは臆おく病びようだなあ。家のなかには三人きりでも外にはちゃ

んと刑事が張り番をしてるから大丈夫さ」

「あら、刑事さんたちまだいるの」

「うん、ぼくが大きなルックを背負ってかえってきたから、変な眼をしてじろじろ見てた

ぜ。あんまり気持ちのいいものじゃねえな。だけど、みんなどこへいったのさ」

 お種がお膳ぜんを持ってきて、

「さあ、どうぞ」

 それからお種はそれぞれの出かけさきを話して聞かせた。そのあとへ、さっきの茶の間

の諍いを付け加えることも忘れない。

「ふうむ」

 東太郎は茶ちや漬づけをかきこみながら眼をまるくして、

「すると、新宮さんはよっぽど困っているんだね」

「そりゃそうよ。丸焼けになってしまったんですものね。それに、あのとおり、なんにも

しないくせに、道楽だけはひと一倍はげしいほうだから、焼けるまえから不動産やなん

か、すっかりなくしてしまって。……奥さんが持っていらした財産だって、相当あったは

ずなんだけど、それさえ新宮さんがすっかり費つかっちまったって話よ。それでいて、奥

さんのお里がなんにもしてくれないって、不平ばかりいってるんだから、憎らしいってあ

りゃしない。なまけものの標本みたいなひとよ。あれは……」

 そのとき、お種のおしゃべりを制するように、呼鈴がけたたましく鳴った。お種は壁に

かけてある信号を見て、

「あら、お玄関ね。誰がかえって来たのかしら」

 かえって来たのは信乃だった。お種が玄関をあけると、信乃が怖い顔をして、

「ああ、お種、あたしが出てる間に、うちに何か変わったことはなかった?」

 信乃の声がふるえているので、お種はふしぎそうに、

「いいえ、別に……」

「 子さまは大丈夫だろうねえ。何もお変わりはないだろうね」

「はい、御機嫌およろしいようでございます」

「そう」

 信乃はそそくさとうえへあがったが、急に思い出したようにうしろを振り返って、

「あなた、恐れ入りますが、もう少々ここでお待ちくださいまし、御様子を見とどけてく

るまでは気が落ち着きませんから」

「承知しました」

 玄関の外から声がきこえる。

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