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第二十一章 風神出現(8)
日期:2023-12-07 16:33  点击:279

 悪魔が来りて笛を吹く……あの呪のろわしいフルートの音に……

 美禰子はそのときまだ眠ってはいなかった。

 夕食のとき伯父とのあいだに起こした醜い諍いさかい、ちょっとしたことからこじれて

しまった一彦の就職、そこへ持ってきて、さっき見せつけられたあの浅ましい母の醜態。

……

 どのひとつをとって見ても、美禰子から安らかな睡眠を奪う材料ばかりである。美禰子

は怒りにふるえ、絶望にうめき、浅ましさに泣いた。

 かぞえ年十九になる美禰子は、ようやく女体の秘密を知りはじめている。彼女はちかご

ろやっと母の肉体が、いつも火のように燃えているのだということに気がついた。そし

て、その火をしずめるためには、目賀博士のような脂あぶらぎった男性が、どうしても必

要なのだということを覚った。

 それまで彼女は不思議でならなかったのである。あの傲ごう慢まんで口やかましく、貴

族の誇りに満ち充ちていた玉虫伯爵のような人物が、どうしてじぶんの同族の姪めいを、

目賀博士のような野人の蹂じゆう躙りんにまかせて、平気で見ていられるのだろうと。ま

た、母に献身的な愛情をささげている信乃が、なぜ目賀博士のような男から、母を守ろう

としないのかと。……

 しかし、いまはもう何もかもわかっている。

 すべては人一倍燃えやすい母の肉体のせいであった。しかも、彼女はそれを抑制する知

性にかけている。彼女にはいつも鎮静剤が必要なのだ。もし彼女に適当な鎮静剤をあたえ

ておかないと、どのような醜聞をひきおこすかわからないという危き惧ぐを、玉虫伯爵や

乳母のお信乃は抱いていたのだろう。そして、目賀博士こそは母にとってもっとも有効に

して、しかも椿家にとってもっとも無害な鎮静剤として、玉虫伯爵や乳母の信乃から、黙

認されていたのであろう。

 浅ましい、浅ましい、浅ましい。……

 美禰子は枕まくらをかんで嗚お咽えつする。すすり泣く声がいつまでも、いつまでも森

沈たる深夜の闇やみにつづいていたが、そのうちに美禰子ははっと、弾かれたように枕か

ら顔をあげた。

 じぶんのすすり泣きのほかに、もうひとつ、枕に通うべつの音をきいたからである。

 フルートの音!

 ああ、もう、間違いはない。あの呪のろわしい「悪魔が来りて笛を吹く」のメロディー

が、遠くかすかに、もの狂わしく。……

 美禰子はもう泣いてはいなかった。今日、お信乃と目賀博士をあざむいて呼び出した、

ふしぎな贋にせ電報と贋電話のことが、さっと彼女の頭脳をかすめてとおった。

 やっぱり何かあったのだ!

 美禰子は灯をつけると、大急ぎでパジャマのうえにガウンをはおった。縁側へとび出す

とお種に出会った。

「お嬢さま、お嬢さま、あれ、あのフルートの音……」

「いいのよ、いいのよ、わかってるのよ、でも、どこから……」

「どこだかわかりません。どこだかわかりませんけれど、なんだかお庭のほうから聞こえ

るようで。……」

 そのとき、フルートの音が突然、たからかな悪魔の雄お叫たけびにうつったので、お種

は木の葉のように身をふるわせながら、必死となって耳をおさえた。

 お種のいうとおりだ。フルートの音はたしかに庭のほうから聞こえるのである。美禰子

が雨戸をあけようとすると、お種があわててその手にしがみついた。お種の手は氷のよう

につめたかった。

「いけません、いけません。お嬢さま、雨戸をおあけになっては……」

「いいのよ、いいのよ、お種、おはなし!」

「だって、だって、悪魔がとびこんでまいりましたら……」

 争っているふたりの耳に、どこかで雨戸をひらく音が聞こえた。それにつづいて、

「お種、お種」

 と、呼ぶ声は信乃である。

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