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第二十三章 指(2)
日期:2023-12-11 13:09  点击:273

「しかし、ねえ、金田一さん」

 警部はいきつもどりつしていた足をふととめると、耕助のほうにむきなおって、

「なるほど、あなたのおっしゃるとおりかも知れん。いや、きっとそうでしょう。しか

し、それだからって、なぜあんなに手数をかけてまで、目賀博士とお信乃を、おびき出さ

ねばならなかったんです。もっとも、たとえ相手が妹とはいえ、無心をふっかけていると

ころを、ひとに見られたり聞かれたりするのは気まずいものだ。しかし、それなら秌子夫人

を別室へよぶなり、目賀博士やお信乃さんに、座を外してもらうなりすればいいじゃあり

ませんか。なにも、そんなに手数をかけておびき出さなくとも」

「警部さん」

 金田一耕助はかすかにほほえんで、

「それはねえ、あなたが新宮さんというひと、ならびに、新宮さんというひとに対するお

信乃さんや目賀博士の感情をよく御存じないからです。新宮さんというひとは、すきさえ

あれば秌子さんから、金を引き出そうとしていたひとです。秌子さんがまたあんなひとだか

ら、兄さんに頼まれるといやとはいいきれなかったんでしょう。新宮さんのようなひとに

金をつぎこむということは、笊ざるに水をそそぐようなものです。いくらつぎこんでも、

意味なくどこかへもれてしまう。それじゃ、秌子さんにいくら財産があったところで追っつ

くものじゃない。だから、目賀博士はともかく、お信乃さんは警戒おさおさ怠りなく、絶

対に新宮さんを秌子さんに、近づけないようにしていたんじゃないかと思うんですよ」

 等々力警部はうなずいたが、しかし、まだそれだけでは説明しきれない、しこりのよう

なものを感じずにはいられなかった。

 金田一耕助自身もそれを感じているらしく、しばらく黙って考えていたが、やがて警部

のほうへ顔をむけると、

「警部さん、とにかく、たれがどんな理由で電報をうったにしろ、問題はたれが新宮さん

を殺したか、ということになるんですが、それについて関係者のアリバイは……? 四日

の晩、外出していたひとびとの行動はどうなんです」

「それがねえ、はっきりしているようでもあり、はっきりしていないようでもあり……」

 警部は溜ため息をついて、

「とにかくみんな行くといって出かけたところへはいってるんです。菊江は東劇へいって

るし、三島東太郎は買い出しをしてきている。目賀博士は横浜へいってるし、お信乃は成

城へいっている。華子は金策のために実家へいってるし、美禰子と一彦はいっしょにタイ

プの先生のところへ出かけている。しかし、殺人の行なわれたと思われる七時半ごろに、

この家へかえって来れなかったかというと、たれもそうだとはっきりいえないんです。一

度こっそりかえってきてまたこっそり出かけたかも知れないんですよ」

「しかし、あの晩は刑事さんが張り番をしていたんでしょう。もし、たれかが出入りをし

たら……」

「ところがね、これだけ広い屋敷でしょう。それにあんたも御承知のとおり、この家の塀

は戦災にやられて、ところどころ応急修理のままでほったらかしてあるところがある。そ

んなところから忍びこもうと思えば、いくらでも忍びこむすきはあるんです」

「しかし、それじゃ、そこを調べてごらんになったら……? 最近たれか出入りした形跡

があるかないか……」

「ところが、それがいけないんです。玉虫伯はく爵しやくの事件のときも、あそこから新

聞記者がなだれこんだでしょう。だから、あのへんにゃ足跡が、いちめんについているん

です。それだけならば、まだいいんだが、昨日、われわれがそれに気がついたときにゃ、

朝のうちに新聞記者がやってきて、さんざん、そこら中をふみ荒していったあとなんで

す。これはわれわれの大失態でしたがね」

 警部はにがりきっている。金田一耕助は慰めるように、

「まあまあ、そう完全にいっちゃ捜査の苦心はありませんからね。それじゃ、時間的に

いって、みんな七時三十分にここにいようと思えば、いられるというわけですかね」

「そうなんです。菊江は東劇をしまいまで見ていなかったかも知れないし、三島東太郎は

買い出しから、もっとはやくかえったかも知れない。目賀博士は六時ちょっとまえに、横

浜の会場へいっているが、騙だまされたとわかると、かんかんになって、すぐそこをとび

出している。お信乃が成せい城じようの及川家へいったのは、六時ちょっとすぎなんです

が、これまた騙されたとわかると、うちが気になるからといって、すぐとび出している。

反対に華子が中なか野のにある実家へいったのは八時過ぎだというし、美禰子と一彦が目

め黒ぐろにあるタイプの先生のところへ着いたのはこれまた八時過ぎだという。だから、

この三人は新宮さんを殺してから、出かけたかも知れないです。なにもかも、この不自由

な交通機関のせいなんですよ。電車がなかなか来なかったとか、混んでいて乗れなかった

とかいわれたら、もうそれ以上二十分や三十分の時間の誤差は追究しようがないんです」

 警部は大おお袈げ裟さな溜め息をついた。

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