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第二十三章 指(6)
日期:2023-12-11 13:11  点击:278

「いや、こういういいかたをしては失礼ですが、先生には、奥さんの財産がなくなってい

くということが、そんなに気になることですか」

 目賀博士はなにかしら、ほっとしたように渋い微笑をうかべて、

「ああ、そのことか。わしが秌子の財産に、どれだけ執着をもっているかというんだね。そ

りゃたれしも、貧乏よりも金持ちがええにきまっとる。しかし、どちらかというと、わし

はそのほうにはわりに執着がうすいほうだろうな。だからこそ、玉虫伯爵のおめがねにか

なったのだから」

「玉虫伯爵のおめがねに……?」

「ああ、そう。あんたがたはわしがいま、あれとああいう暮らしをしているのを、わしが

暴力かなんかで、あれを征服したと思うていなさるかも知れんが、それは決してそうでは

ない。これでも伯爵の媒ばい酌しやくで、式はちゃんとあげているのじゃ。極く内々で

じゃったがな。だから、決して野合ではない。椿つばきさんの一周忌がすんだら、正式に

披ひ露ろうしようということになっているんだ……」

「しかし、それは、いつ……?」

「椿さんの死体が発見されてから一週間目のことじゃったな。わしは伯爵にくどき落とさ

れたんじゃ。あれはあんな調子だから、誰かしっかりとした配偶者が必要なんじゃ。わし

のようにわりに無欲で、それから、つまり、そのなんじゃ、わしのように強壮な体をした

男がな。かっ、かっ、かっ!」

 金田一耕助は思わずデスクのはしを握りしめる。

 母のからだはいつも火のように燃えている。そして、その火を鎮めるためには、目賀博

士のような脂あぶらぎった男が必要なのだ。……

 一昨夜、美禰子がかんがえたことは当たっていた。そして、金田一耕助も、いま、はっ

きりそのことを知ったのである。

 いうことだけのことをいって目賀博士が出ていくと、あとしばらく、金田一耕助も等々

力警部も、慄りつ然ぜんとして口をきくことも出来なかった。なにかしらえたいの知れぬ

妖よう気きが、部屋のすみずみまで漂うて、ねっとり体にからみついてくる感じである。

蟇がま仙人の毒気にあてられたのかも知れぬ。

 それにしてもいまの博士の告白によって、秘密の解明がいくらか前進したことはたしか

である。それがこの恐ろしい殺人事件の謎なぞを解く鍵かぎになるかどうかは別として

も、すくなくとも椿子爵と秌子夫人の、夫婦生活の秘密を照らすたいまつとはなったよう

だ。

 玉虫伯爵はことごとに、椿子爵をインポテンツとののしってやまなかったというが、子

爵は不能者ではなかったとしても、秌子夫人を完全に、とことんまで満足させるほどの精力

には欠けていたのだろう。そのことが夫婦の仲をつめたくし、ひいては身びいきの強い、

そして姪めいに目のない玉虫伯爵の不興を蒙こうむったのだろう。つまり秌子夫人の配偶者

としては、子爵はノルマルであり過ぎたのだ。

 いたましき子爵! そしてまた、いたましき秌子夫人!

「あら、いらしたのね」

 突然、はなやかな声をかけられて、警部と金田一耕助は、はじかれたようにふりかえっ

た。応接室の入り口に、はじけるような笑みをふくんで立っているのは菊江である。

「あまり静かなものだから、どなたもいらっしゃらないのかと思ったわ。こんどはあたし

の番だと思って、お待ちしてたんですけれど」

「ああ、そう、それはどうも。……どうぞお入りになって」

「入ってもよくって?」

「さあ、さあ、どうぞ、どうぞ」

 金田一耕助はいそいそとして椅い子すをすすめる。

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