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第二十三章 指(8)
日期:2023-12-11 13:11  点击:249

「いいですよ、いいですよ。こんなこと、なんでもないことですからね。ところであなた

は、奥様の指に指輪がないことに気がつくと、すぐ新宮さんがまきあげたんだと考えたん

ですね」

「ええ、だって目賀先生もお信乃さんも、とてもいやな顔をしていらしたし、それに贋に

せ電報や贋電話のこともございますでしょう。いかにも新宮さんのやりそうなことだと

思ったもんですから。……」

「おやおや、すると新宮さんはこの家のひとたちに、すっかり肚はらを読まれていたわけ

ですな」

「それはそうね。だって先生、玉虫の御前がどうしてこの家へ乗り込んで来られたか御存

じ? 御前は焼け出されたことは焼け出されたけれど、ほかにいくところがなかったわけ

じゃありませんのよ。それにもかかわらず、ここへいらしたというのは、新宮さんを監督

なさるためなのよ」

 金田一耕助は思わず大きく眼を見張る。

「それは……それじゃ新宮さんというひとは、よほどの札つきだったわけですね」

「ええ、まあ、そうねえ。新宮さんは焼け出されると、こちらへ転げこんでいらしたで

しょう。御前はそれを心配なすって、あいつを秌子のそばへおくと、秌子の財産をめちゃめ

ちゃにしてしまう、と口ぐせのようにおっしゃってたんですが、そのうちに御自分も焼け

出されると、それを機会にこちらへ乗り込んでいらしたんです。その時分新宮さんの御一

家は、いまあたしどもの御厄介になってる離れにいらしたんですが、御前がそこを占領な

さることになったので、あっちの別棟のほうにお移りになったんです」

 金田一耕助はなにかしらはげしい胸騒ぎをおぼえる。玉虫伯爵はなんだって、自分の甥

おいをそれほど警戒しなければならなかったのだろうか。

 なにかある! そこになにかあるにちがいない!

「ところで、ここにもうひとつお訊ねがあるんですがね」

「はあ、いくらでも」

「いやあ、そうたくさんはないんですがね。目賀先生のことですがね。先生は玉虫伯爵の

媒ばい酌しやくで、秌子奥さまと結婚……つまり内祝言というやつですな。それをやったと

いってるんですが、あなたはそのことを御存じでしたか」

「あたしは知ってましたわ。でも美禰子さんなんかは御存じないようですわね」

「玉虫の御前から聞かれたんですね」

「はあ」

 菊江もさすがに頰ほおをあからめて、

「だって、なんぼなんでも、あんまりはやいんですもの。椿つばきさんのおなきがらが発

見されてから、一週間たつかたたぬ時分だったでしょう。目賀先生がときどき泊まってい

らっしゃるようになったんです。しかも奥様のお部屋へ御一緒に……そうでなくとも、あ

あいう騒ぎを起こしたあとですからね。世間体ていってものがございますわ。それで、そ

れとなく御前に申し上げたら、なに構わんさ、あれはおれも承知のうえで、内祝言をした

んだから。……と、こうおっしゃるんでしょう。あたし二の句がつげませんでしたわ。そ

のときしみじみ思ったんですけど、こういう世界のひとの考えは、あたしみたいな下し

も々じものものにはわからないって。……」

 菊江の言葉の調子には、たぶんに皮肉と嘲あざけりがこめられている。金田一耕助はそ

のときはじめて、この女のコケットリーなヴェールのかげにかくされた、案外古風な姿の

真実にぶつかったような気がした。

「ところで、もうひとつ……こんなことお訊ねしちゃ失礼かも知れないんですがね。あな

たのその左の小指ですが、それどうなすったんですか」

 菊江はびっくりしたような眼で、金田一耕助の顔を見ていたが、急に声を立てて笑い出

した。

「まあ、いやな先生、なんのことかと思ったらこのこと……?」

 と、菊江はわざと、半分ちぎれた左の小指を立てて見せると、にやにや笑いながら、

「これ、自分で切ったのよ。いいひとのために。……あら、ほんとのことよ。あたしだっ

ていいひとのひとりくらい、あったっていいじゃありませんか。いまから考えると馬鹿な

ことしたもんだけど、そんときは夢中だったから、大して痛いとも思わなかったわ。でも

あとで姐ねえさんがたには叱しかられるし、玉虫伯爵のじいさん、いえ、御前さまは誰の

ために切ったんだ、切ったんだって、しつこくやきもち焼くし、うっふっふ。大騒ぎだっ

たわ」

「誰のために切ったんですか」

「だから、いいひとのためによ。そのひとが兵隊にとられて出征するとき、お別れに来て

くれたんです。あたしひと晩泣きあかしたあげく、指を切って贈ったの。ほ、ほ、ほ、古

風ねえ。だけど、先生はどうしてそんなことお訊ききになるの。まさかそのひとがあたし

をとられた腹いせに、玉虫の御前を殺したなんて考えていらっしゃるんじゃないでしょう

ね。それだったらお門かどちがいよ。可哀そうに、そのひとったら、向こうへいったとた

んに戦死しちゃった。まるで死ににいったみたい。風とともに散りぬね」

「いや、失礼しました」

 この女にも似合わず、いくらか紅潮して、ヒステリックになっている菊江を、耕助はい

たわるような眼で見ながら、

「ぼくがお訊ねしたのはそういう意味ではないんです。この家には指の欠けたひとがふた

りもいる。……それが不思議だったもんですから」

「ああ、三島さんのことね」

 菊江は耕助の顔色を読もうとするように、きらきら光る瞳めをすえながら、

「あのひとをあたしと一緒にしちゃいけないわ。あたしのはいたずらなんだけど、あのひ

とはお国のために指を失ったんですから」

「三島君はどの指がないんですか」

「中指の半分ほどと、紅さし指が三分の二ほど欠けてらっしゃるのじゃないでしょうか。

だけど、どうしてそんなことを……」

 それに対して金田一耕助は、こともなげにいいはなった。

「なあに、あなたにしろ三島君にしろ、そうして指が欠けていても暗くら闇やみでタイプ

が打てるかどうか、それを考えていたんですよ」

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