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第二十五章 アクセントの問題(1)
日期:2023-12-11 13:35  点击:297

第二十五章 アクセントの問題

 金田一耕助はいま寝ころんで本を読んでいる。行儀のわるい男で寝ころんで読まぬと、読んだことがすなおにあたまに入って来ないのである。読んでいるのはゲーテの「ウィルヘルム・マイステル」、いうまでもなく美み禰ね子こに借りて来たのである。

 一昨日、美禰子を訪問した際、椿子し爵しやくが失しつ踪そうする直前に、美禰子にあたえたという思わせぶりな忠告を聞いて、金田一耕助はふっと怪しい胸騒ぎをかんじた。美禰子自身もそれが父の失踪直前の言葉だっただけに、遺言のような気がしてならぬといっていたが、子爵はそういうふうに、いろんな点で、謎なぞの暗示をのこしておいたのではないか。

 気の弱い子爵は、あからさまに言明することを憚はばかるような場合、遠まわしに匂におわせるようなやりかたをしていたのではないだろうか。

 たとえばあの「悪魔が来りて笛を吹く」のレコードだ。あの思わせぶりな題と意味ありげなメロディーと、そこにもたぶんに暗示的なものがふくまれているではないか。と、すれば子爵失踪直前の言動には、すべてなんらかの意味がふくまれていたのではないかと、考えてはいけないだろうか。 遺言がはさんであったという「ウィルヘルム・マイステル」にしても、子爵がいいたくしていえなかった、なんらかの暗示がふくまれているのではないか。げんに美禰子がそれを読んだのは、父のすすめによるという。子爵が「ウィルヘルム・マイステル」を美禰子にすすめたのは、純粋な文芸鑑賞の意味だけだったろうか。それともほかに、なにか理由があったのではないか。……

 そこで美禰子から「ウィルヘルム・マイステル」上、中、下三巻を借りてくると、耕助は一昨日の晩から読みつづけているのだが、正直な話、それはかなりうんざりするような仕事だった。

 この膨大な小説を読みあげるには、いまの耕助の気持ちはあまりにも落ち着きをかいている。しかもかれの読みかたたるや「ウィルヘルム・マイステル」を鑑賞しようというのではなく、そこに書かれている事柄からひょっとすると子爵ののこしておいた暗示が汲くみとれはしないかというのだから、小説の面白味などあたまに入ろうはずがない。それはもう精神労働以外の何物でもなく、昨夜あたりから耕助のあたまのなかには、缶詰にされた活字が、とげのようにちかちかと躍っているのである。

 それでも耕助は読んでいる。惰性で読みつづけているのである。しかも、そうして暢のん気きそうに寝っころがって、本を読みつづけていながら、いっぽうかれは絶えず肚はらのしこりに悩まされている。

 じぶんのいまやっていることは、いたずらに神経を疲労させるだけの無駄な努力ではないのか。こうしているうちにもなにかまた、重大事件が起こるのではないか。……淡路で先を越されて以来、耕助は一種の脅迫観念に悩まされつづけているのだ。いくら読んでも終わりにならぬ「ウィルヘルム・マイステル」に対して、かれは身勝手ないきどおりと、いらだたしさを感じずにはいられなかった。

 じつをいうと耕助は、このあいだから首を長くして待っているものがあるのだ。今日はもう十月十日、指折りかぞえて今日あたり、それが来なければならぬはずだと思うと、いっそういらいらしてくるのである。

 午後三時、耕助の待っていたものがとうとうやって来た。

「金田一さん、お手紙ですよ」

 と、いう女中の声にはね起きた耕助は、二通の手紙をひったくるように手に取ると、一瞬きらりと眼をかがやかせた。

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