「われわれがいま血眼になって探している……?」 耕助はどきっとしたように眼を瞠みはって、思わず息をのんだ。
「それじゃ、あの飯尾豊三郎という」
「そう、このとおり顔がめちゃめちゃになって、着衣をはぎとられているので、いまのところ、はっきり断定出来る段階ではありませんが、ひょっとすると、あの男ではないかという疑いが非常に濃厚なんです。そしてもし、これがわれわれの想像どおり飯尾だとすると。……」
警部の血走った眼には、すさまじい憤激のいろがうかんでいる。
金田一耕助も同じことを考えて、思わずぞっと総毛立つのをおぼえた。
「しかし、こう相好がかわっていちゃ、たとえあの男だとしても、証明することはむずかしいでしょうね」
「いや、それはわけはない。飯尾という男には前科があるんです。だから、もしあいつだったら指紋を照合してみればいい。幸い指が残っているのがなによりです」
「ああ、それは……」 そのとき、死体を調べおわった医者が立ちあがって、警部のほうへやってきた。
「解剖してみなければはっきりしたことはいえませんがね、だいたい、死後二日というところでしょうな。死因は絞殺、紐ひもようのもので絞められたんですね」
「ところで、その顔ですがね。野犬のしわざだけでしょうかね」
警部が訊ねた。
「いや、野犬も手伝ったでしょうが、そのまえに、故意に顔をめちゃめちゃにしておいたらしい形跡がありますね。死体の身み許もとがわかっちゃ、犯人にとってなにか都合の悪いところがあったんじゃないですかね」
金田一耕助はまたぞっとしたように、むごたらしい死体から顔をそむけた。
「警部さん、いったい誰がこの死体を発見したんですか」
「野犬ですよ。むこうの雑草のなかに埋もれていたのを、野犬がひっぱり出して、肉をくらっているところを、通りがかりのものが発見したんです」 警部はそれから医者にむかって、
「先生、死後二日経過しているとすると、凶行のあったのは、一昨八日ということになりますか」
「そう、一昨日の晩あたりの出来ごとでしょうな。いずれ解剖してみれば、もう少し詳しいことがわかると思うが……」
医者にかわって鑑識課の連中が、死体の指紋をとっているのを見て、ふたりはその場をはなれた。
風はいよいよ吹きつのって来て、まともから吹きつける砂さ塵じんのために、ほとんど顔もあげられないくらいである。取り散らかされた紙かみ屑くずが、へんぽんとして暗い飆ひよう風ふうのなかを飛んでいく。ポツリポツリと大粒の雨が落ちて来た。
「警部さん、ちょっと話があるんですがね」
「はあ。……」
「これ」 耕助がふところからなにか取り出そうとするのを見て、
「とにかく、自動車のなかへ入りましょう。これじゃどうにもならない」
ふたりが自動車のなかへ逃げこんだとたん、猛烈な勢いで雨が落ちて来た。自動車のなかには誰もいなかった。
「これゃひどい」
「今夜はひとあれしそうですね」
しばらくふたりはなんとなく、窓外に吹きあれるすさまじい雨脚を眺めていたが、やがて警部が耕助のほうを振りかえった。