「ほんとうですか、それは……」
「ほんとうです」
耕助はあいかわらず、もじゃもじゃ頭をかきまわしながら、
「ぼくは岡山県に友人を持っているので知っていますが、そのひとたちはみんな東京と同じように発音するんですよ。だから、いま三島東太郎と名乗っているあの男が、ほんとに中国うまれの中国そだちだったら、蜘蛛や橋という言葉のアクセントは、東京と同じでなければならんはずなんです。ところがそれが違っている、そこでぼくはあのとき、阪神地方に住んだことはないかと訊きいてみたんですが、いちどもないというようなことをいってましたね。だから、ぼくはあのとき、あの男が噓うそをついてるってことを見抜いたわけです。言葉は国の手形といいますが、あの男自身、兵庫県と岡山県では言葉のアクセントが違っているということを、知らなかったんですね」
警部はまるで咬かみつきそうな顔をして、耕助の横顔をにらんでいたが、そこへずぶ濡ぬれになった刑事がひとり、何か指図を仰ぎに来た。
外を見ると、嵐あらしはいよいよ本式になって、増上寺の境内はもうすっかり、横なぐりに吹きつける土砂降りのなかにつつまれている。
さっきまで蟻ありのようにむらがっていた弥次馬もあらかた散って、土砂降りのなかに残っているのは刑事と新聞記者ばかり。おりおり写真班のたくフラッシュが、稲妻のように、陰惨な嵐の闇やみを引きさいていったが、そこへ救急車が死体を受け取りにやって来た。
警部は自動車のなかから、刑事にむかって、適当な指令をあたえると、やがて金田一耕助のほうへ向きなおった。
「さて……」
と、そういってから、警部は大きく息をうちへ吸うと、
「あの男が三島東太郎でないとすると、いったいあいつは何者なんです。なんだって偽名を名乗って椿つばき家けへ入りこんだんです」
「警部さん、あなたはまだ、出川刑事の報告をお読みになりませんか」
「出川刑事の報告……? いや、まだ……何かまたいって来たんですか」
金田一耕助はふところから、さっきの報告書を取り出すと、
「これは複写紙で書いたものだから、たぶん同じ報告書が警視庁のほうへもいってると思うんですが……まだお読みにならないとすると、お出掛けになったあとで着いたんですね。とにかく読んでごらんなさい」
警部は、ひったくるようにそれを受け取ると、いそいでなかみを引き出して、むさぼるように読みはじめた。
出川刑事の報告書というのは、かなり長文にわたっているが、ここにはそれを出来るだけ要約してお眼にかけることにしよう。植辰の妾めかけおたまは、神戸の温泉旅館を出奔してから、大阪天王寺区のもっとも下等な売春宿にもぐりこみ、売春の仲介をするかたわら、彼女自身も相当の年と齢しをしながら、春を売っていたらしい。
出川刑事がどのようにして彼女を発見したか、それはこの物語に直接関係のないことだから割愛するとして、かれが発見したとき、おたまはたちの悪い病気のために、足腰が立たなくなって、とやについたきりだったという。
さて、出川刑事が苦心の末、おたまから聞き出した事実というのは、だいたいつぎのとおりであった。
おたまの説によると、小さ夜よ子こを妊娠させた相手というのは、植辰の息子の治雄ではないかという。
治雄は幼時から植辰の膝しつ下かをはなれ、神戸の商家に年期奉公をしていて、おたまと同どう棲せいしていた父のもとへはめったに寄りつかなかったが、小夜子の母のおこまのところへは、かなり頻ひん繁ぱんに出入りをしていたらしい。