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第二十六章 秌あき子こは何に驚いたか(1)
日期:2023-12-11 13:41  点击:272

第二十六章 秌あき子こは何に驚いたか

 金田一耕助と等と々ど力ろき警部を乗っけた自動車が、芝増上寺を出たころから、暴風

雨はいよいよ本格的になってきて、それこそ、家も人も吹っとびそうなほど、猛烈なもの

になっていた。

 あとでわかったところによると、昭和二十二年秋のその颱たい風ふうこそは何十年ぶり

ともいわれるほどの大きなもので、颱風の進路にあたった関東南部一帯にもたらした惨害

は、いまもなお語りぐさになっているくらいである。

 それはさておき、耕助と等々力警部が椿つばき家けへかけつけたのは、まだ六時まえの

ことだったが、あたりはもうすっかりドスぐろい嵐あらしの闇やみにぬりつぶされてい

た。しかも暴風雨のために停電したと見え、椿家の大きな建物が灯の色もなく、吹きまく

る颱風のなかにしずまりかえっているのが、なんとはなしに、はっと胸をつかれるほどの

まがまがしさだった。

 玄関に立って等々力警部がはげしくドアを叩たたくと、しばらく待たせたのちに、ガラ

ス越しに蠟ろう燭そくの灯が、またたきながら近付いてくるのが見え、やがてドアを開い

たのは、お種ではなく美み禰ね子こだった。蠟燭の光のせいもあったのか、美禰子の顔は

またウィッチのようにくろずんで歪ゆがんでいる。

 耕助がはっとして何かいおうとする拍子に、蠟燭の灯が風に吹き消された。

「早くお入りになって。ドアをしめてしまいますから」

 美禰子の声にうながされて、耕助と等々力警部はまっくらな玄関へとびこんだが、その

とたん、ふたりとも大きく音を立てて、あやうくまえにひっくりかえりそうになった。何

かにつまずいたのである。

「あら、ごめなさい。ついうっかりして……」

 あやまりながら美禰子はあわてて蠟燭に灯をつける。その光であたりを見まわすと、玄

関の土間には、トランクだのスーツケースだのが、うずたかく積んであった。

「ど、どうしたんですか。これは……?」

 警部の瞳めに疑惑のいろがほとばしる。金田一耕助も怪しむように、美禰子の顔を見な

おした。

「いえ、あの、ちょっと……」

 そこへ応接間のほうから、

「美禰子さん、なんだい、いまの音は……?」

 と、にごった声が聞こえてきた。目賀博士の声だった。少し酔っているようである。

「いえ、あの、なんでもありませんの。お客様がいらしたのよ」

「客はわかってる。いったいだれだい」

「警部さんと金田一先生」

 美禰子はおこったように答えたが、それに対する目賀博士の返事はなかった。

「さあ、どうぞおあがりになって。でも、なにかまだ……?」

「いやあ、なに、ちょっと。……」

 警部に目くばせしながら、うすぐらいホーム・ライトに照らされた応接室へ入っていく

と、そこにも荷造りされたトランクだの、スーツケースだのが積んであり、そのなかで上

半身はだかになった目賀博士が、流れる汗を拭ぬぐいながら、一彦を相手に、せっせと荷

造りをやっていた。

「どうしたんですか、……これは? 引越しでもしようというんですか」

 金田一耕助が驚いて、とがめるように訊たずねると、

「いやあ──」

 と、目賀博士はよごれたハンケチで、太い猪い首くびをこすりながら、

「 あき子このやつがね、この家にいるのがいやになった、当分鎌倉の別荘へ逃げ出したい

というんですよ。それでこういう大騒ぎだあね」

「逃げ出すって、それじゃみんな鎌倉へ引越してしまうんですか」

「いや、みんなというわけじゃない。秌子とお信し乃の婆さんと女中のお種と、この三人だ

けじゃ。わしはあっちとこっちと掛けもちということになるじゃろうな。わしがちょく

ちょく出かけてやらんと、秌子のやつが淋さびしがるんでね、けっけっけっ」

 汗ばんで、それゆえにいっそう脂あぶらぎって見える蟇がま仙人が、蟇のように奇怪な

声をあげて笑った。てらてらと油光りのするような胸に、ひと握りの胸毛が、ぐっしょり

汗にぬれているのが、妙に猥わい褻せつな威じだった。

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