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第二十六章 秌あき子こは何に驚いたか(3)
日期:2023-12-11 13:48  点击:251

 今日のこの唐突な秌子夫人の出発には、なにかまた、不吉な暗示がふくまれているのでは

ないか。この家から逃げ出したいという秌子夫人の気持ちはわかるとしても、なぜまた、今

日のような嵐をついて、出発しなければならなかったのだろう。いかに子供のような夫人

とはいえ、嵐が通り過ぎるまで、待てなかったものだろうか。……

 金田一耕助の胸は、窓をゆさぶる嵐のように、はげしく騒ぎ、波立つのである。

「あら、金田一先生、あなたおひとり?」

 だしぬけに声をかけられて、金田一耕助は卒然としてふりかえる。ほの暗いホーム・ラ

イトの光のもとに、銀盆をささげて立っているのは菊江であった。銀盆を持つ菊江の左の

小指が半分かけているのが、なにかしら妙に無気味な感じをあたえる。

「あら、失礼ね。どうしてそんなにじろじろ、あたしの顔をごらんになるの」

「ああ、いや、失敬、失敬、ちょっと考えごとをしていたもんだから。……」

「あら、ごめんなさい。だしぬけに声をかけたのでびっくりなすったのね。警部さん

は……?」

「電話かけにいったんですよ」

「ああ、そう、じゃ、すぐかえってらっしゃるわね。すみません、そのテーブル、ちょっ

とこっちへよせて……」

 菊江がテーブルのうえにおいた銀盆のうえには、サンドウィッチが山のように盛りあげ

てある。

「お食事、まだなんでしょう。あたしたちもここでお相しよう伴ばんさせていただくわ。

だって、お茶の間、ここよりもっとひどいんですもの。ほら、あたしのこの格好」

 菊江はサロン・エプロンをかけたワン・ピースの両手をひろげて見せながら、

「秌子奥さまってかたは、お姫様さまでいらっしゃるでしょう。諸事簡単に……ってわけに

はまいらないのよ」

「秌子奥様は、急に鎌倉のほうへ、いらっしゃることになったんですか」

「急にでもないの。四、五日まえから。……ほら、新宮さんがお亡くなりになったでしょ

う。あの直後から鎌倉のほうへいきたいとおっしゃって、それで、みんなしてかわるがわ

る出向いていって、あっちのほうの受け入れ態勢はまあ、出来てたのね」

「しかし、よりによってこんな嵐の日に、出発しなくてもよさそうなもんだが……」

「そう、あれ、ちょっと妙でしたわね」

「妙って……?」

 菊江はちらと耕助の顔をながし目で見て、

「ほ、ほ、ほ、いやあね、あなたみたいなひとは、どんな言葉のはしだって、聞き捨てに

なさるってことはないのね。いえね。だいたい、今日御出発の予定だったことは予定だっ

たのよ。ところがこの嵐でしょう。いえ、その時分はまだこんなにひどくはなかったけ

ど、ラジオによるとだんだんひどくなるというので、みなさんもおとめになるし、奥様も

いちじは思いなおしていらしたの。それでみんなここに集まって、目賀先生はウィス

キー、ほかのひとたちはお茶をのんでたのよ。そしたら奥様がだしぬけに」

「だしぬけに……どうかしたんですか」

「ええ、あの、きゃっとおっしゃって。……あら、すみません。あたしったら、ズルを極

めこんじゃって。……」

 入って来たのは華はな子こと美禰子である。ふたりとも皿だのカップだのをのっけた盆

を持っている。大皿のうえには野菜サラダとフィンガー・ソーセージが山のように盛って

ある。

「やあ、これはこれは……たいへんな御ご馳ち走そうですな」

「いえ、あの、なにもございませんのよ。こんな時代ですから。……あの、御ご挨あい拶

さつもいたしませんで、よくいらっしゃいました」

 華子はあいかわらずもの静かでつつましやかだが、利彦が生きている頃からみると、ど

ことなく、顔色がはればれしているのを、金田一耕助は見のがさなかった。

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