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第二十七章 密室の再現(8)
日期:2023-12-11 13:54  点击:303

「ええ、そう、ひとを呼んで、そいつにべらべらしゃべられると、困る理由があったんで

すね。そこで御前は一時そっと妥協された。いや、そいつのほうが一時、御前と妥協した

といったほうが当たっているかもしれません。そこでそいつは、御前をここに残して部屋

から出ていった。むろんそのとき、そいつは、風神と雷神を取りかえていったわけです。

さて、あとに残った御前は、扉をしめ、掛け金をかけ、閂かんぬきをはめ、それからカー

テンをしめられた。いや、おそらく扉もカーテンも格闘の間じゅう閉まっていたにちがい

ない。それでないと物音が外へ洩もれたはずだし、それにカーテンには血けつ痕こんが

散っていましたからね。さて、それをもう一度念入りにしめて、御前がひとりここに残っ

たというのは、おそらく、ショックがあまり大きかったからでしょう。御前は気持ちを整

理する時間がほしかった。それと、そんな血だらけの姿でこちら──」

 と、耕助は菊江のほうを顎あごで示して、

「のそばへかえっていくことを、憚はばかる気持ちもあったのでしょう。こうして犯人は

外に、御前は密閉された部屋のなかに残ることになったんですが、そのとき、犯人がふと

一計を案じたんですね」

 そこで金田一耕助は、もう一度つかつかと部屋から出ると、あの花瓶のおいてあった台

を、扉の正面まで持って来た。

「いいですか。そのとき、この扉はぴったりしまっていたんですよ。しかも閂と掛け金

で、二重にしまりがしてあったんです。むろん、カーテンもしまっていました。そこで犯

人はこの台のうえにあがって、欄らん間まの窓からなかをのぞきこんだんです」

 と、金田一耕助は台のうえにあがると、欄間からなかをのぞきながら、

「そして、おそらくこんなことをいったんでしょう。御前、御前、もうひとこと申し上げ

たいことがあります。ちょっと、お耳をかしてください。──さあ、警部、あなたが玉虫の

御前ですよ」

「ああ、ふむ、そうか」

 警部はちょっとあたりを見まわしたのち、手近の椅い子すを持ってきて、それを扉の内

側におくと、そのうえへあがった。

「金田一さん、これでいいのかな」

「そうです、そうです。ついでにこのガラス戸を開いてください」

 警部は欄間にはまっているガラス戸を、二枚左右に開いた。金田一耕助は台のうえから

一同の顔を見まわしながら、

「こうして犯人と玉虫の御前は、欄間ごしに顔をつきあわせた。ごらんのとおりこの欄間

は、上下のはばがせまいから頭は入らない。しかし、腕なら十分に入ります。しかも、皆

さんもおぼえていられるでしょうが、あの晩、御前は、お誂あつらえむきに、首に襟巻き

をまいていられた。犯人は御前の耳に口をよせ、何かささやくふりをしながら、いきなり

襟巻きのはしを両手でつかんで──」

 金田一耕助もさすがに唾つばをのみ、

「勝負はおそらく簡単についたでしょう。玉虫の御前は、剛ごう毅きなかただが、なんと

いってもお年と齢しだし、それにショックで参っていられた。大きな声も立てずに絶息さ

れたことでしょう。犯人はそれを力まかせに、むこうへ突きとばしたが、そのとき御前は

椅子か何かの角でうたれて、また後頭部に大きな傷を負われたのでしょう。そして、ここ

に血みどろな、密室の犯罪が出来あがったというわけですね」

 金田一耕助は台からおりたが、誰も口を利きくものはなかった。ふたたび無気味な沈黙

が、一同のうえに落ちてくる。

 その沈黙を破ったのは、またしても菊江だった。

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