第二十八章 火焰太鼓の出現
まったく菊江のいうとおりである。
密室の謎なぞは解けた。そして、今度はいよいよ、誰が密室の殺人を構成したか、そし
て、また、誰が新宮利彦と椿つばき あき子こを、つぎつぎに血祭りにあげていったのか、
それを説き明かすべき段階である。それからまたいかなる動機が、そのような血なまぐさ
い犯行を、あえてさせたかということを。──
「ええ、そ、そ、そう──」
金田一耕助はさすがにどもった。どもったきり、しばらく黙りこんでいた。かれは菊江
の明るい微笑を憎まずにはいられなかった。
耕助はこの一瞬を、出来るだけさきにのばしたかったのだ。出来ることならこの仕事か
ら、逃げ出してしまいたいくらいである。それほど、これから試みようとする秘密の解明
は、どすぐろく、陰惨で、かつ、いまわしかった。
しかし、それは許さるべきことではなく、また、常に真実をさぐりあてようとする犯罪
探求者の良心と、それから、誰でも持っている、あの虚栄心という厄介なしろものが、か
れを煽せん動どうするのである。
耕助はやっと心をきめたように、重い口をひらいた。
「ぼくはいま、ある確信を持っているのです。しかし、その確信を裏づけるために、もう
一度、ある実験をしてみなけりゃならんと思っているんですが。──」
「実験というと──?」
等と々ど力ろき警部が眉まゆをひそめた。
「ええ、そう、昨日 子夫人を驚かしたものはなんであったか── 子夫人はいったい何を
発見したのか。──」
「しかし、それなら、昨日もやってみたじゃないか」
蟇がま仙人の目賀博士が、横眼で耕助をにらみながら、せせら嗤わらうようにわめい
た。
「ええ、そう。しかし、昨日のやりかたは完全ではなかったんです。今日はもっと慎重に
やってみたいんです。とにかく、 子奥さまが、何を発見したかということがわかれば、犯
人についてもわかると思うんです」
等々力警部は、さぐるように耕助の顔を見ながら、
「それには、もう一度、応接室へいったほうがいいというんですか」
「ええ、そう、そう出来れば──」
そこで一同はアトリエから、もう一度応接室へいくことになった。黙々とつれだってい
く関係者の周囲を、刑事や警官が、羊の番犬のように取りかこんでいく。もう誰も逃げ出
すことは出来なかったし、逃げ出そうとするものもなかった。
応接室のまえまで来たとき、金田一耕助は立ちどまって、ためらいがちに美み禰ね子こ
に声をかけた。
「美禰子さん」
「はあ──?」
「あなたや一彦君、それから新宮さんの奥さんは、この部屋へお入りにならないほうがい
いと思うんですけれど」
「あら、どうしてでしょう」
美禰子の瞳めが急に大きくなる。まるで金田一耕助を、呑のみつくしそうな気色だっ
た。