「どうしてといって──」
「いいえ、先生」
と、美禰子はキッパリとした調子で、
「あたし入りますわ。あたし、何もかも知りたいんです。伯お母ばさまだって、一彦さん
だって同じことだと思いますわ。先生」
美禰子は急にやさしくいって、金田一耕助の腕に手をかけた。
「先生、先生のお気持ちはよくわかります。あたしたちにいやなことを聞かせたくないと
おっしゃるんでしょう。でも、あたし覚悟をきめております。一彦さんだって、伯母さま
だって、同じことだと思うんです」
それでも金田一耕助が何かいおうとするのを、美禰子はいそいでさえぎって、
「それに、先生、あたしには知る権利があるとお思いになりません? だって、あたし依
頼人よ。こんなこと申し上げては失礼ですけれど、先生をお雇いしたのはあたしなのよ。
まだ一文もお礼、差し上げてませんけれど」
それから美禰子は一彦と華子を振り返った。
「さあ、伯母さま、一彦さん、入りましょう」
金田一耕助は首うなだれて、一同のあとから入っていった。
こういう小こ競ぜり合いがあったので、耕助が入っていったのはいちばん最後だった。
応接室のなかには、羊の群を取りまいて、番犬どもがいかめしく眼を光らせてしゃちこ
ばっている。
耕助は一同の顔を見まわしたのち、ちょっと困ったように眉まゆをひそめ、それから警
部のそばへよって何やら耳うちした。警部は眉をつりあげて、
「しかし、もし──」
「大丈夫です。ドアの外や、窓の下を見張っていてくだされば。──」
等々力警部が刑事や警官をあつめて、何やら指令をあたえると、一同はすぐ部屋から出
ていった。金田一耕助はそのなかのひとりをつかまえて、何か低声で話をしていたが、
「あの、新宮さんの奥さん、ちょっと──」
華はな子こが呼ばれてそばへいくと、三人で何やら話していたが、やがて刑事は出てい
き、間もなく持ってきたのは、銀盆にのっけたウィスキーの角瓶と数個のグラスだった。
耕助はそれを受け取ると、刑事を部屋から押し出すようにして、なかからぴったりドア
をしめた。それから銀盆を持ったまま、一同のほうを振り返ると、
「さあ、これで、われわれだけになりました。このドアはずいぶん厚いから、ここで話を
することは、たぶん外へは洩もれないでしょう」
まるで咽の喉どに魚の骨でも、ひっかかっているような声である。
「金田一さん、いったい、何をやらかそうというんだね。われわれにいっぱい振舞ってく
れるというのかい」
目賀博士がどくどくしくわめいた。
「そうですよ、目賀先生、あなたにはぜひ飲んでいただかねばなりません。つまり、ぼく
は、昨日 子奥さまが、悪魔を発見したときと、同じ状態にみなさんをおきたいんです」
金田一耕助は銀盆を中央のテーブルのうえにおくと、グラスにウィスキーをついだ。
「さあ、どうぞ」
「じゃ、わしから頂戴するかな」
目賀博士はふてくされた様子で、グラスを鷲わしづかみにすると、
「一彦君、三島君、遠慮なく飲むがいい。ひょっとすると、それが末まつ期ごの水のかわ
りになるのかも知れないぜ」
一彦はちょっとなめただけで、すぐにグラスを下においたが、東太郎は勢いよく一息に
あおった。それから目賀博士のほうにむかって、
「先生、昨日、ぼくは何杯ぐらい飲んだでしょうね」
と、にこにこしながら訊たずねた。