「そうさね。五、六杯は飲んだろうよ。君の強いのには驚いた」
「そうですか。それでは──」
東太郎は無造作にウィスキーをつぐと、たてつづけに五、六杯あおった。たちまち頰ほ
おに血の色がまし、額にじっとり汗がうかんでくる。
「そう、ちょうどこれくらいの酔いかたでしたよ。昨日、あのことが起こったときには
──」
一同は驚きと、たぶんに怖おそれのまじった眼で、東太郎の顔を視みつめている。目賀
博士でさえ、グラスを握った手がふるえ、東太郎の顔を穴のあくほど視つめている。
「ああ、いや」
と、金田一耕助はあいかわらず、咽喉に何かひっかかったような声で、
「さあ、これで準備が出来ました。それではみなさん、あのときの位置についてくださ
い。あ、目賀先生、あなたはあのとき、上半身裸体ではなかったんですか」
目賀博士はぎろりと耕助の顔をにらむと、それでも上衣とシャツを脱ぎ捨てて、鏡のは
まった衝つい立たてのまえまでいってこちらをむいて立った。
一彦はちょっとためらったのち、それでも上衣だけぬいだ。三島東太郎は窓のそばへい
き、こちらをむいて立つと、無造作に上半身裸になった。
金田一耕助はちょっと眼を閉じ、すすり泣くような溜ため息を吐いた。
「金田一さん、それで──?」
警部や女たちの物問いたげな視線に、射すくめられて、耕助はしばらく、部屋の中央に
立っていたが、やがて力なく、昨日 子が坐すわっていたというソファへいって、投げ出す
ように腰をおろした。
金田一耕助はそこでまた、ちょっと眼を閉じ、呼い吸きを吸ったが、すぐにその眼を開
くと、目賀博士の背後にある衝立の鏡をのぞきこみながら、二、三度体の位置をなおし
た。
耕助の唇から、また、長い、すすり泣くような溜め息がもれる。
「警部さん、ここへきて、あの鏡のなかをごらんなさい。三島君のうしろの窓ガラスにう
つっているものが、そのまま、鏡にうつっている。 子奥さまはそれをごらんになって
──」
「いや、もう、それには及びませんよ。金田一先生」
呼びかけられた、かんじんの金田一耕助をのぞいて、ほかのひとびとはいっせいに、声
の主のほうを振り返った。
いうまでもなくそれは三島東太郎だった。不思議にもそのときの東太郎の顔色は、いう
ばかりもなく晴々として朗かだった。まるでこれから、ピクニックにでも出掛けそうなほ
ど、陽気で明るかった。
「ひとりひとりそこへいって、鏡をのぞくのはたいへんだ。それよりぼくがみなさんに、
直接お眼にかけたほうがよさそうです」
東太郎はつかつかと部屋の中央まで出てくると、くるりとそこで背をむけたが、そのと
たん、一同は恐ろしい呪じゆ縛ばくにかかってしまった。
警部は笛のような声を立ててうなり、およそものに動ぜぬ目賀博士でさえ、いまにも飛
び出しそうなほど眼をみはり、みるみるうちに額に汗が吹き出してきた。
じっとりと汗ばんだ東太郎の左の肩に、くっきりとうかびあがっているのはまぎれもな
く火焰太鼓、新宮利彦の肩にあったのと、そっくり同じかたちの痣あざだった。
一同はまるでものに憑つかれたような眼つきをして、そのまがまがしい痣を視みつめて
いる。華子と一彦は紙のように白くなり、菊江はぽかんと眼をみはり、お信し乃のの顔は
邪悪にみちて歪ゆがんでいた。ただ、美み禰ね子こだけがなんだか腑ふに落ちかねる顔色
である。