第三十章 悪魔笛を吹きて終わる
三島東太郎即ち河村治雄の遺書は、何もかも終わったのち、数日にして発見されたもの
である。それを読んだのは美禰子と一彦と華子未亡人と、金田一耕助と等と々ど力ろき警
部の五人であった。
あの、さまざまな思い出のある応接室で、美禰子がそれを朗読し、あとの四人が耳をか
たむけた。
美禰子も一彦も華子夫人も、この陰惨な記録によく終わりまで耐えしのんだが、さすが
に文章が新宮利彦の殺害される直前の非行に及んだときには、一同は慄りつ然ぜんとして
顔を見合わせた。華子夫人のごときは、あまりの浅ましさに、声を立てて泣き出したくら
いである。
等々力警部は溜ため息をついた。
「金田一さん、あんたはそれを知っていたんだね」
金田一耕助も溜め息をついた。
「知っていたというわけじゃありませんが、ひょっとすると……と、いう疑いを抱いたわ
けです。あの夜、就床後に起こった目賀博士と あき子こ夫人のいさかいから──」
金田一耕助は、そこではげしく咳せきをすると、
「いや、失礼しました。とにかく終わりまで読みつづけましょう。美禰子さん、あなた読
みつづける勇気がありますか」
「はい、読みつづけましょう」
美禰子は強い意志の片へん鱗りんを見せた。
こうして、美禰子がこの長い遺書を読み終わったあと、一同はずいぶん長いあいだ黙り
こくっていた。華子夫人はときどき思い出したように身ぶるいをし、すすり泣いた。一彦
はソファに腰をおろしたまま、両手で頭をかかえこんでいる。
美禰子がそっとそばへよって、一彦の肩に手をおいた。
「一彦さま。そんなに考えこむことはないのよ。あなたのお父さまはいけないひとだった
けれど、あなたのお母様は立派なかたよ。そして男の子は父よりも母の血をより多く、う
けつぐのだということを、あなたも御存じでしょう。その反対に女の子は、母の血よりも
父の血をより多くうけつぐのね。有難いことに、あたしは女の子だから、お母様よりもお
父様の血を、より多くうけついでいるのだわ。そして、お父様は弱いひとであったけれ
ど、正しい、親切なひとだったってことは、一彦さん、あなたも認めて下さるでしょう」
一彦は頭をかかえたまま強くうなずいた。首をふるたびにはらはらと、涙が床のうえに
とび散った。
「有難う。もう泣くのはよしましょう。伯お母ばさまもしっかりして。これからは、伯母
さまだけが頼りなのですから」
「すみません、美禰子さま」
「この家は出来るだけはやく処分しましょう。そして、あたしたち、どんなにせまい家で
もよいから、明るい、よく陽の当たる場所に住んで、身にしみこんだこの暗いかげを洗い
おとしましょうねえ」
それから美禰子は金田一耕助のほうを振り返った。
「金田一先生、これで何もかも終わったわけですけど、そのまえに、唯ただひとつ先生に
お聞きしたいことがございます」
「どういうことですか」
「先生はどうしてあのことを御存じになりましたの。母と──伯父のことを──」
金田一耕助ははっとして、話をほかのほうへ外らそうとしたが、強い決意を秘めた美禰
子の視線へ、打ち克かつことは出来なかった。この娘は何もかも知らずにはおかないの
だ。