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睡れる花嫁 一 (1)
日期:2023-12-14 13:43  点击:231

睡れる花嫁

    一

 ちかごろは凶悪な犯罪や陰惨な事件がつぎからつぎへと起こって、ほとんど応接のいと

まもないくらいだが、これからお話しようとする「睡ねむれる花嫁」の事件ときたら、そ

の陰虐さにおいて比類がなく、この事件の真相が究明されたときには、さすがに大犯罪や

怪事件に麻ま痺ひした都会人も、あっとばかりに肝きもをつぶしたものである。

 それは凶悪であるばかりでなく陰惨であった。陰惨であるばかりでなく不潔であった。

しかもあいついで起こった陰惨にして凶悪、凶悪にして不潔な「睡れる花嫁」事件の底に

は、ほとんど常識では考えもおよばぬような、犯人のゆがんだ狡こう智ちと計画がひそん

でいたのだ。

 さて、それらの事件の露頭がはじめて顔を出したのは、昭和二十七年十一月五日の夜の

ことだったが、その顚てん末まつというのはこうである。

 その夜十一時ごろ、S警察署管内にあるT派出所づめのパトロール、山内巡査は受持区

域を巡回すべく、十一時ごろ、同僚の石川巡査と交替で派出所を出ていった。

 人間の運命ほどわからないものはなく、これが生きている山内巡査を見る最後になろう

とは、石川巡査も気がつかず、また、当の本人、山内巡査も神ならぬ身の知るよしもな

かった。

 しかし、あとから思えば虫が知らせたというのか、山内巡査は出るまえに、石川巡査と

こんな会話をかわしたそうだ。

「いやだなあ。また、あのアトリエのそばを通らねばならんのか。おれゃ、あのアトリエ

のそばを通るとき、いつもゾーッと総毛立つような気がするんだ」

「あっはっは、そんな臆おく病びようなことをいってちゃ、この職業は一日もつとまらな

い」

「いや、おれ自身、そんな臆病な人間とは思っちゃいない。巡回区域のなかにゃ、もっと

もっと淋さびしいところもあるんだが、あのアトリエだけは苦手だな。いまいましい、ど

うしてはやくぶっこわしてしまわないのかな」

「そんなことをいったって、持ち主の都合もあるんだろう。まあいいからはやくいってき

たまえ。いやな仕事を片付けて、あとで何かあったかいものでもおごろうじゃないか」

「ふむ、そうしよう、じゃ、いってくるよ」

 そうして山内巡査は出かけたのだが、それきり生きてふたたび、派出所へ帰ってくるこ

とはなかったのである。

 いったい、S警察署のあるS町というのは郊外のそうとう高級な住宅街で、やたらに樹

木が多く、夜などたいへん淋さびしい町だ。しかも、そこにはS学園という、幼稚園から

大学まで包括する大きな学校もあり、昼間の人口と夜の人口とのあいだに、そうとうのひ

らきがあるといわれるくらい、夜ともなれば静かなところである。

 おまけに、山内巡査の受持区域というのが、S学園からS町のはずれへかけての、この

町でもいちばん淋しい区画だ。山内巡査はこの区域を、いつもあんまり好んでいなかった

が、夜のパトロールのときはことにいやだった。

 それというのが、さっき石川巡査とのあいだに話が出た、あのアトリエのことがあるか

らだった。そのアトリエというのは、S学園の建物を通りすぎて、人家もまばらな畑地へ

さしかかると間もなく、向こうに見えてくるのである。

 それはもう長く住むひともなく、荒れるにまかせてあるうえに、いちばん近い隣家から

でも、百メートル以上も離れており、おまけに亭てい々ていたる杉木立にとり囲まれて、

めったに陽のさすこともなく、昼間見ても、ゾーッと総毛立つほど陰気で、いかにも曰い

わくありそうな建物なのだ。

 しかも、じっさいそのアトリエには、世にも陰惨な歴史があるのだ。

 それはまだ山内巡査がこの土地を知らないまえの出来事だったが、いつか同僚の石川巡

査から聞かされた、その陰惨なエピソードの記憶が、夜の巡回の途次など、ことになまな

ましく脳のう裡りによみがえってくるのだ。

 それはいまから数年まえの出来事だった。

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09/22 19:28
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