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睡れる花嫁 四 (1)
日期:2023-12-14 13:47  点击:233

「ああ、これはひどい。これはひどい。これゃ人間の所業じゃないな」

 むっと異臭のただようアトリエのなかを、檻おりのなかのライオンのように、行きつも

どりつしながら、顔をしかめて呟つぶやくのは、ほかならぬ金きん田だ一いち耕こう助す

けである。あいかわらず、よれよれの着物によれよれの袴はかまをはいて、頭は例によっ

て雀すずめの巣のような蓬ほう髪はつである。

 金屛風の向こうがわでは、医者や鑑識の連中が、忙がしそうに立ち働いている。刑事が

アトリエを出たり、入ったり、捜査主任等々力警部の指図を仰いで、どこかへ飛び出して

いったりした。アトリエの外には新聞記者が大勢つめかけている。

 十一月六日、薄曇りの朝十時ごろのことである。

 金田一耕助は天命堂病院の死体盗難事件にひどく興味を持っていた。かれはその事件が

ただそれだけにとどまらないで、何かしら、薄気味悪い事件に発展していきそうな予感を

もっていたのだ。

 ところが今朝の新聞を見ると、果然、その死体は警官殺しという血なまぐさい事件をと

もなって発見されたのだ。しかも、睡れる花嫁として……。

 金田一耕助はその記事を読むと、すぐに警視庁の等々力警部に電話した。さいわい、警

部はまだ在庁して、これからS町へ出向くつもりだから、なんならすぐにということだっ

た。そこで警視庁へ急行した金田一耕助は、そこから警部たちと、このいまわしい現場へ

同行したのである。

 医師の検死や鑑識課の指紋採集、さては現場撮影などが終わると、金田一耕助は等々力

警部にうながされて、はじめて金屛風の向こうへ入った。

 河野朝子は昨夜、井川警部補が発見したときと同じ姿勢で、絹夜具の上に横たわってい

る。しかし、掛かけ蒲ぶ団とんははねのけられて、派手な緋ひ縮ぢり緬めんの長なが襦じ

ゆ袢ばんを着た姿が、この荒廃したアトリエの空気と、異様なコントラストをしめして無

気味だった。

 それに、すでに形のくずれかかった青黒い死体が、頭も重たげな文ぶん金きん高島田に

結い、眼もさめるような長襦袢を着ているところが、なんだか木ミ乃イ伊ラの粧よそおい

でも見るように薄気味悪かった。

「あの頭はかつらなんですね」

「そう」

「犯人はここで死体と結婚したわけですね」

「結婚……?」

 と、等々力警部はちらりと金屛風に眼をやって、

「ふむ、まあ、そういうことになりますな。死体は愛撫されているんだから」

 等々力警部はそういって、ぺっと唾つばを吐くまねをした。さすがものなれたこの老練

警部も、いかにも胸むな糞くそが悪そうだ。

「ところで犯人と目されている樋口邦彦という男には、これと同様な前科があるんです

ね」

「ええ、そう、だからこの事件、警戒を要すると思うんですね。最初の事件で味を覚え

て、そういう習性がついたとすると、今後もまた、こういうことをやらかすんじゃないか

と思ってね」

「なるほど、それも考えられますね」

「なにしろ、警官を刺し殺すほど、デスペレートになっているとすれば、あいつのこれに

対する願望は、非常に深刻かつ凶暴なものになっていると思わなければなりませんから

な」

 金田一耕助はくらい眼をして、哀れな犠牲者の顔を見ていたが、何を思ったのか、急に

ゾクリと肩をふるわせる。

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