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睡れる花嫁 四 (3)
日期:2023-12-14 13:58  点击:309

「ああ、それじゃマダムはあの男を知ってるんだね」

「はあ、存じております」

「どういう関係で……?」

 マダムは表情たっぷりに、警部の顔に流し目をくれながら、

「だって、あたしもと、銀座のキャバレー・ランタンで働いてたんですもの」

「銀座のキャバレー・ランタンというと?」

「ご存知ありません? 樋口さんの奥さんになった瞳さんの働いてたキャバレー」

「ああ、そう」

 等々力警部は急に大きく眼をみはり、加奈子の顔を見なおした。

「じゃ、マダムもあのキャバレーのダンサー……?」

「いいえ、あたしダンサーじゃありませんの。こんなおばあちゃんですものね。あたしあ

そこでダンサーたちの監督みたいなことしてましたの。やりて婆ばばあの憎まれ役。うっ

ふっふ」

 等々力警部は怒ったようなきつい顔で、加奈子の冗談を無視して、

「それじゃ、その時分、樋口を知ったわけですね」

「ええ、そう。あたし瞳さんとは仲よしでしたの。ですから、瞳さんがあのひとといっ

しょになってから、ここへも二、三度遊びにきたことがございます。あの時分からみる

と、このお家、見違えるみたい」

 加奈子はあたりを見まわして、大げさに肩をすくめる。この女、すべてが芝居がかりで

ある。

「それで、あの男が刑務所を出てきてから、会ったことは……?」

「ええ、それが会っておりますのよ。そのことについて、警部さんにもお詫わびしなけれ

ばならないと思っていますの。ほら、朝子ちゃんの……」

 と、加奈子はまた表情たっぷりの視線を、屛風の奥に投げかけると、

「あの死体が紛失したとき、どうして樋口さんのことを思い出さなかったものか」

「じゃ、なにか思い当たることでも……」

「ええ、そうなんですの。あの日、二日でしたわね。天命堂病院で朝子さんの死に水を

とっての帰りがけ、道玄坂でばったり樋口さんにお眼にかかったんです。すると、樋口さ

んが今夜遊びにいってもいいかとおっしゃるんでしょ。それで、今夜は駄だ目め、お店早

じまいにして、病院へ死体を引き取りにいかねばならない。それからお通夜をするんだか

らって、そういったら、樋口さんが亡くなったのはどういうひとだ、いくつぐらいの娘

だ、きれいな女かっていろいろお訊ねになるんです。でも、それ、身うちのものが……朝

子ちゃんは身うちってわけじゃありませんけど、身内同様にしてたでしょ。そういうもの

が亡くなったとき、だれでもお訊ねになることでしょう。だから、それに特別の意味があ

るなんて、あたしけさ新聞を見るまで気がつかなかったんです。あのひと、あの晩、お店

へいらしたそうです。あたしそのこと、さっきしげるから聞くまで、ちっとも知らなかっ

たんですけれど……」

「店へきたというのは……?」

 だしぬけに等々力警部に問いかけられて、しげるはちょっとどぎまぎする。

 金田一耕助はさっきから、この女を興味ぶかい眼で見守っていた。女としても小柄のほ

うだが手脚がすんなりのびていて、体も均整がとれているので、小柄なのがすこしも気に

ならない。それに、ぴったりと身についた、袖そでのながい黒繻じゆ子すの支し那な服を

着ているので、じっさいよりも背が高く見える。年齢は二十くらい……いや、まだそこま

ではいっていないかもしれない。体の曲線に女としての十分な成熟が見られず、前髪をそ

ろえて額にたらした顔も、きれいなことはきれいだが、女としての色気がたりない。

ちょっと少年といった感じである。

「はあ、あの、いまから考えると、あれはきっとママの様子をさぐりにきたんですね。あ

れは何時ごろでしたか、九時から十時までのあいだだったと思います。あのひとがやって

きて……」

「あのひとというのは樋口邦彦だね」

「はあ」

「君はそれまでに樋口に会ったことがあるの」

「ええ、二、三度家へいらしたことがあるんです。でも、あたし、昔あんなことがあった

かただとは知らなかったんです。ママがいってくれなかったもんですから。刑務所から出

てきたばかりだということさえ知らなかったんです」

「ふむふむ、それで二日の晩……?」

「はあ、あの、たぶん九時半ごろだったと思います。ここにいる由美ちゃんは知らないそ

うですから、きっとご不浄へでもいった留守だったんでしょう。樋口さんがやってきて、

ママはもう病院へ死体を引き取りにいったかって訊くんです。それで、あたし、ママは今

夜、胃痙攣を起こして寝ているから、死体引き取りはむつかしいんじゃないかって、つい

何気なしにいったんです。そしたら、二こと三こと、ほかのことを話して、そのまま帰っ

ていったんです。いまから考えると、確かに妙だったんですけれど、そのときは、あのひ

とがあんなひとだとは夢にも知らなかったもんですから、今朝、新聞であのひとの名前を

見るまで、つい、そのことを忘れていて、ママにもいってなかったんです」

「しげるがそのことをいってくれたら、昔のこともございますし、朝子ちゃんの死体を盗

んだの、ひょっとするとあのひとかもしれないと、気がついたかもしれないんですけれ

ど……」

 マダムが例によって表情たっぷりにつけ加えた。

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