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睡れる花嫁 八 (1)
日期:2023-12-14 14:01  点击:276

「ねえ警部さん、ぼくはきのう、川かわ口ぐち定さだ吉きちという人物に会って来ました

よ」

 松のとれた一月十日、警視庁の捜査一課、第五調べ室にひょっこり訪ねてきた金田一耕

助は、ぐったりと椅い子すに腰を落とすと、ゆっくりともじゃもじゃ頭をかき回しなが

ら、雨垂れを落とすようにポトリといった。

「川口定吉……? それ、どういう人物ですか」

「川口土建の親方で、ブルー・テープのマダム、水木加奈子のパトロンだった男ですよ」

 等々力警部はぎょっとしたように、椅子を鳴らし、体を起こした。

「金田一さん、その男がどうかしたというのですか」

「いえ、べつに……ただ、この男は去年の秋まで、すなわち九月の終わりごろまで、加奈

子のパトロンだったんですが、十月になってぴったり手を切ったんですね。それで、何か

わかりやしないかと……」

「しかし、金田一さん、樋口邦彦が刑務所を出たのは、十月になってからですよ。その以

前に手を切って別れたとしたら、樋口のことは知るはずがないが……」

 等々力警部は不思議そうな顔色である。

「そうです、そうです。しかし、ブルー・テープの経済状態はわかるだろうと思ったんで

す」

「ブルー・テープの経済状態……?」

「ええ、パトロンの送金がたえたとしたら、どういうことになるか、それくらいのことは

わかるでしょうからね。いや、じっさいにわかったんです。川口定吉なる人物がいうの

に、自分が手をひいた以上、至急にだれかあとがまをつかまなければ、とてもあの店は

やっていけぬだろう。加奈子というのが、とてもぜいたく屋だったからというんです」

「金田一さん、しかし、それが……?」

 等々力警部はまだ腑ふにおちぬ顔色である。

「いや、まあ、聞いてください。それで、ブルー・テープの経済状態がわかったので、ぼ

くはもうひとつ聞いてみたんです。あなたはどうして、加奈子と手を切ることになったの

か。もしや、加奈子に男でもあることに、気がついたんじゃないかと?」

 等々力警部は無言のまま、穴のあくほど金田一耕助を凝視している。耕助がこういう話

ぶりをするときには、何かを握っていることを、いままでの経験によって、等々力警部は

知っているのだ。

「すると、川口定吉なる人物がこういうんです。いかにもあなたのおっしゃるとおりだ。

しかし、ただそれだけではないと……」

「ただ、それだけではないというと……?」

「川口定吉氏がいうのに、自分もひととおり道楽をしてきた男だ。ああいう種類の女を世

話する以上、浮気をするのは覚悟のまえだ。情夫のひとりやふたりこさえたのへ、いちい

ち妬やいていては、とてもパトロンはつとまらない。ところが、水木加奈子の場合、いさ

さか気味が悪くなってきたというんですね」

「どういう点が……?」

「川口氏のいうのに、いままでの経験によると、女が情夫をつくったばあい、注意してい

ると、たいてい、相手がだれだか見当がつくものだ。自分はいままで、こっちでちゃんと

知っているのに、相手がひた隠しに隠し、しかも自分をだましおおせたと、得意になって

いる男女を見ると、おかしくて仕方がなかった。そういうのを見るのが、いつか自分の楽

しみになっていた……」

「あっはっは」

 と、等々力警部はひくく笑って、

「川口という男も変態じゃないかね」

「いくらかその傾向なきにしもあらずですね。ところがそういう趣味をもっている川口氏

にして、加奈子の情夫はついに見当がつかなかった。あんまりうまく隠しおおせているの

で、だんだん、気味が悪くなってきて、こんな女にかかりあっちゃ、いつ、どんなふうに

だまされるかもしれないと、それで、手を切ることにしたんだそうです。加奈子にはだい

ぶん、かきくどかれたそうですが……」

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