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湖泥 一 (2)
日期:2023-12-14 14:06  点击:241

 湖水をいだく山々は、湖畔にわずかばかりの湿地帯をのこしたきりで、摺すり鉢ばちの

壁のようなけわしい傾斜をもって、突とつ兀こつとして眉まゆの上にそびえている。それ

らの傾斜はよく耕されて、一面に葡ぶ萄どうだの、水すい蜜みつ桃とうだのが植わってい

る。

 それが耕地をうばわれたこの村の、唯一のなりわいとなっているのだが、だれの眼にも

それはいかにもいたましい努力にみえる。

「それで、そのときは北神家と西神家、どちらに軍配があがったんですか」

「それがね、皮肉なもんですな。両家の猛運動のかいもなく、けんか両成せい敗ばいとば

かりに、結局双方ともあらかた湖水の底にしずんでしまったんだから、恨みっこなしとい

えばいえるもんの、憎悪と反目だけは旧に倍してながく尾をひいたというわけです」

「なるほどねえ」

 金田一耕助はもじゃもじゃ頭をかきまわしながら、

「そういう両家の感情的なわだかまりを無視しては、こんどの事件の根底によこたわって

いるものを、理解することはできないというわけなんですね」

「そうです、そうです。それなんです」

 と、金田一耕助の相手はつよくうなずいて、

「わたしは思うんだが、いま、われわれがこうして、躍起となって探している御み子こ柴

しば由ゆ紀き子こちゅう女が、はたして、北神家と西神家のせがれたちが、血まなこに

なって争わねばならんほど、ねうちのある女だったかどうか疑問だと思うんです。そ

れゃ、べっぴんはたしかにべっぴんだったそうだ。写真を見ても、まあ鄙ひなにはまれな

というような器量ですな。それに上シヤン海ハイからの引き揚げ者で向こうで相当にくら

してたというから、こういう農村へ入ってくれゃ、それゃ、眼につく女だったにゃちがい

ないが……しかし、それかといって北神家と西神家のせがれたちが、いのちにかけて

も……と、いうほどの娘だったかどうか……やっぱりなんですな、先祖からの意地が大い

に手つだっていたんでしょうな」

「それで、結局その鞘さや当あては、北神家のせがれの……なんてましたかね、浩こう一

いち郎ろうてんですか、その浩一郎に軍配があがったというわけですね」

「そうです、そうです、その浩一郎ってのは村じゃ一応、模範青年ってことになってるん

ですな。それでまあ、由紀子の意向はそっちへかたむき、結納もすんで、秋の取り入れが

おわったら、式をあげようということになってたところが……」

「そこへ西神家から横よこ槍やりが出たというわけですか」

「そうです、そうです。それというのが御子柴の家はいくらか西神家に恩義をこうむって

いるんですな。御子柴一家は両親に由紀子、それから中学へ行ってる弟の四人家族なんで

すが、これが終戦後、着のみ着のままで上海から引き揚げてきた。それを最初に引きとっ

て、めんどう見たのが西神家なんです。木小屋かなんかとりつくろって、そこへ住まわせ

ておいたんですな。当時はなにしろ農村の景気のいい絶頂でさあ。ごらんのとおりこのへ

んじゃ、水田がすくないから、農民でも主食の配給をうけるもんが多いんですが、そのか

わり、果物のほうが羽根がはえたように売れていく。おもしろいほど金がながれこんでき

たもんです。それでまあ、御子柴一家も西神家の果樹園の手つだいしたり、わずかばかり

の土地を開墾して、ねずみのしっぽみたいなさつまいもを作ったり、そんなことでどうに

かこうにか暮らしてきたんですが、これひとえに西神家のおかげではないか。それをなん

ぞや、西神家のせがれを袖そでにして、北神家へ嫁にいくとはなにごとぞや、と、そうい

うわけで苦情が出たんですな」

「西神家のせがれはなんとかいいましたね」

「康やす雄おちゅうですがね。因果なことにゃ、これが北神家の浩一郎とおないどしだか

ら、いっそう争いがはげしくなります。しかし、村のもんはいってますな。西神家も悪

い。由紀ちゃんを嫁にする気があるなら、もうすこし御子柴家のもんをだいじにしとけば

よかったのにってね」

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