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湖泥 三 (2)
日期:2023-12-14 14:12  点击:256

 押し入れのなかはそれでも感心に二段になっていて、上の段にはうすい煎せん餅べい布

団が縦のふたつ折りにして敷いてあり、その枕まくら下もとや足のほうには、ボロがいっ

ぱいつめてあるが、その布団のふくらみからして、そこになにがあるかだれの眼にもすぐ

わかる。

 清水巡査がその布団をめくると、金田一耕助と磯川警部が、

「…………」

 と、無言のうめき声をあげて一歩うしろへしりぞいた。そこには一糸まとわぬ全裸の女

が、むっとするような臭気のなかによこたわっているのである。

「九十郎のやつが……九十郎のやつが……」

 ひとめ見て、そこでどのような忌まわしいことがおこなわれていたかを覚さとると、ま

だわかい清水巡査は、べそをかくような顔をして、はあはあとはげしい息使いをしてい

る。

 自分のあずかっているこの村に、このような忌まわしい事件がおこったことにたいし

て、清水巡査はその重大な責任感に圧倒されているのだ。

「清水さん、清水さん」

 と、金田一耕助が息のつまりそうな声で、

「顔を……顔を見てください。御子柴由紀子にちがいありませんか」

 清水巡査はおっかなびっくりといったかっこうで、死体の顔をのぞきこんでいた。なに

思ったのか、突然、

「わっ、こ、こ、こいつは……」

 と、腸をしぼるような声をあげてうしろへとびのいた。

「ど、どうしたんだ。清水君、由紀子じゃないのか」

「ゆ、ゆ、由紀子は由紀子です。し、し、しかし、警部さん、あ、あ、あの眼は、ど、

ど、どうしたんです……」

「なに……? 眼が……?」

「清水さん、眼がどうかしたんですか」

 金田一耕助と磯川警部は不思議そうに眼を見かわしたのち、いそいで死体の顔をのぞき

こんだが、そのとたんふたりとも、大きな眼を見張ったまま、その場に硬直してしまっ

た。

 あたりに立てこめた異様な臭気にもかかわらず、腐敗はまだそれほどひどく表面にはあ

らわれていなかった。なるほど、村の若者たちにさわがれただけあって、由紀子はこのへ

んの女にはめずらしい中高の、いくらか気品にとんだ面差しをしているが、それにもかか

わらず金田一耕助は、ひとめその顔を見たとたん、なんともいえぬほど、醜怪な感じにう

たれずにはいなかった。

 それというのが、由紀子の片眼──左の眼がなかったのである。

 そのために、顔半分がくろぐろとうつろになった左の眼がん窩かを中心として、巾きん

着ちやくの口をしぼったようにゆがんで、そこだけ見ていると妖よう婆ばのように醜怪で

不気味なのである。

「こ、これはどうしたんだ。どうして左の眼をえぐりとったんだ」

 磯川警部は呼吸をはずませる。

「警部さん、これは死んでからえぐりとったんじゃありませんね。眼のまわりに傷らしい

傷はありませんもの。由紀子ははじめから片眼がなかったんですよ」

「片眼がなかったあ」

 磯川警部は眼玉をひんむいて、

「金田一さん、そ、それはどういう意味です」

 金田一耕助は茫ぼう然ぜんとして眼を見張っている、清水巡査のほうをふりかえって、

「清水さん、由紀子は左の眼に義眼をいれていたという話はありませんでしたか」

「ぎ、義眼……?」

 清水巡査はびっくりしたように、金田一耕助の顔を見なおしていたが、

「いいえ、いいえ、あの……そ、そんな話、一度もきいたこと、ありません。しかし……

ああ! そ、そういえば、由紀子の眼つきは、いつもちょっとおかしかった。やぶにらみ

みたいで……だけど、そのために、いっそうかわいく、あどけなく見えたんであります。

そ、それじゃ、あれは義眼だったんですか。ち、畜生! このあま! 牝め狐ぎつね

め!」

 清水巡査の憤慨ぶりはただごとではない。

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09/22 15:52
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