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湖泥 六 (2)
日期:2023-12-14 14:39  点击:262

「それで、死因は……?」

「絞殺ですな。手ぬぐいかなんかでやられたらしい」

「死後どのくらい……?」

「正確なことはわからんが、やっぱり由紀子とおなじ晩じゃあないかな」

 金田一耕助は足もとによこたわっている死体に眼をおとした。

 犬がたわむれたとみえて、赤土によごれた着物のところどころに鉤かぎ裂ざきができて

いるが、仕立ておろしらしい結ゆう城きにつづれの帯をしめ、足袋も履き物もあたらし

く、ビニールのハンドバッグがそばにころがっている。

 もう腐敗の度がかなりすすんでいるので、容よう貌ぼうのところはなんともいえぬが、

ぽっちゃりとした肉づきの、いわゆる肉体美人というやつらしい。

「これゃどこかへ出かける途中だったんですね」

「そうらしい。この道を行けばKへ出られるちゅう話だが、しかし、なんだってこんな危

なっかしい道をえらんだもんかな。いかに月がよかったとはいえ、このさきにゃ、かなり

の難所があるちゅう話じゃからな」

「ハンドバッグの内容は……?」

「一万六千円ばかりはいった紙入れがはいっている。それから見ても凶行の原因は物もの

盗とりじゃないようですな」

「このへんの農村で、一万六千円といえば相当のもんでしょう」

「まあ、そうだな。だから家のなかにあったやつを、かっさらえてとび出してきたんじゃ

ないかと思うんですがな」

「それにもかかわらず村長は、いままでそのことについて、なんともいわなかったんです

ね」

「ふうむ。なにかかくしていることがあるんだな」

 磯川警部はちょっと村長のほうをふりかえったが、視線が合うと、すぐ村長のほうから

眼をそらせた。

「いったい、どの穴から出てきたんです」

 金田一耕助は死体から眼をあげると、あらためてあたりを見まわした。

 そこは片側が谷になっており、片側には崖がけがそびえているが、その崖のふもとには

一面に赤土の層が露出しており、そこにまるでインカ族の洞どう窟くつみたいに、点々と

して穴がうがたれている。みんな壁土をとるために、ながい年月のあいだに掘られたもの

である。

「この穴です。はいってみますか」

「見せてください」

 磯川警部は刑事の手から懐中電燈をうけとると、さきに立って穴のなかへはいっていっ

た。

 穴はそれほど深いものではなく、せいぜい二間けんあるなしだろう。その奥にまだ葉の

ついた木の枝だの、枯れ草などが散乱しているが、みんなじっとりとぬれている。

「この枝や枯れ草で死体をおおうてあったんですな。さっきみんなに探させたんだが、べ

つに犯人の遺留品らしいもんも見あたらんようです」

 金田一耕助は足もとに散乱している木の枝や枯れ草を見つめていたが、急に外にむかっ

て清水巡査を呼んだ。

 清水君はすぐはいってきた。

「清水さん、このへんじゃ四日の晩に大夕立があったそうですが、そのまえに雨が降った

のはいつごろですか」

「あの大夕立が三週間めのおしめりだといってましたけん、九月十一日ごろのことでしょ

う。そのあいだ、一滴の雨も降らんかったんです」

「ああ、そう、ありがとう」

 清水巡査が妙な顔をして出ていったあと、金田一耕助は警部の手から懐中電燈をかり

て、そこいらを探していたが、なにを見つけたのか、急に声をあげて、

「け、け、け、警部さん、ちょ、ちょ、ちょっとここを見てください」

 と、これが興奮したときのくせで、たいへんなどもりようである。

「な、な、な、なんですか。き、き、金田一さん」

 磯川警部がついつりこまれてどもると、

「あっはっは、いやだなあ、警部さん、なにもぼくのまねをしてどもることないです。ほ

ら、この赤土の上に小さなくぼみがついているでしょう。これ、なんの跡か御存じです

か」

 なるほど、見れば掘りおこされた赤土の穴の底に、直径七、八分くらいの、まるい、な

めらかなくぼみが、くっきりとあざやかについている。それは正常の球状よりすこしいび

つになっているところに特徴がある。そして、そのへんてこなくぼみのまわりには、掘り

おこされたように赤土が散らばっているのである。

 磯川警部は眉をひそめて、

「金田一さん、それなんの跡ですか」

「ご存じありませんか。これは義眼の跡ですよ。ほら、このいびつになっているところが

特徴なんです。こういう跡がここに残っているところを見ると、村長夫人を殺したやつ

が、義眼を持っていたことはたしかですね。と、いうことはそいつが由紀子殺しの犯人で

もあるということになり、これではじめてふたつの事件が、はっきり結びついてきたじゃ

ありませんか。あっはっは」

 いかにもうれしそうに金田一耕助が、五本の指でもじゃもじゃ頭を、めったやたらとか

きまわすのを見て、磯川警部はあきれたように眼を見張っていた。

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