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湖泥 九 (1)
日期:2023-12-14 14:54  点击:309

 金田一耕助のその一言に、警部も刑事も浩一郎も、はじかれたように顔を見なおした。

「いや、失敬、失敬、これがぼくの悪い癖ですね。とかく知ったかぶりをするやつです。

さあ、警部さん、おつづけください」

 磯川警部はまじまじと、さぐるように金田一耕助の顔を見ていたが、やがてその視線を

浩一郎のほうにもどした。浩一郎はうなだれて、肩がすこし小刻みにふるえていた。

「ああ、いや、北神君、さっそくだがね。いま西神の康雄君から妙なことを耳にしたんで

な。きみが村長の細君と姦かん通つうしていたというんだがな。どうだろう、それについ

てなにか……」

 浩一郎はこわばった微笑をうかべて、

「はあ、そのことなら康雄君がいま、村じゅうに触れてまわっております」

「きみはそれについてなにもいうことはないのかな」

「ございません。事実、そのとおりだったんですけん」

 浩一郎は沈痛な眼をあげて、警部や金田一耕助の顔を見ると、

「警部さん。しかし、この問題はこれくらいにしといてください。村長の奥さんとへんな

仲になっていた。……と、ただ、それだけで満足してください。ぼくとしてもいまさら、

亡くなったひとのことをとやかくいいたくないですけん。結局、ぼくの意志が弱かったん

です」

 浩一郎は膝ひざの上に両手をついて、ふかく頭をたれた。

 磯川警部は金田一耕助と顔見合わせて、つよくうなずくと、

「よし、わかった。それじゃあの晩のことを聞かせてもらおう。あの晩、きみは村長の細

君に呼び出されたんだね」

「はっ、だいたい隣村からの招待をことわって、水車当番を買って出たちゅうのも、奥さ

んの命令だったんです。奥さんがおっしゃるのに、もう一度逢おうてくれれば、これきり

にしてあげる。もし、それもいやだいうんなら、どんなことをするかわからんけん、そう

思うてくれ……と、そういわれるもんですけん。……ぼく奥さんがこわかったんです」

 金田一耕助は憐れん愍びんの情をこめたまなざしで、浩一郎の横顔を見まもっている。

この模範青年は年増女のしぶとい情欲にはがいじめにされて、身うごきもとれなくなって

いたのだろう。

「それで、きみはあの晩、水車小屋から出かけたんだね。何時ごろ?」

「八時四十分でした。水車小屋から村長さんのところへ行くには、二十分はみておかねば

ならんのです。人目を避けてまわり道せんなりませんけん」

「それじゃ、村長のところで奥さんと逢うたんだね」

「はっ」

 色のしろい浩一郎の顔がもえるようにあかくなる。

「それで、奥さんと別れたのは?」

「九時四十分でした。ぼく、もうすこしはやく切りあげたかったんですが、これが最後の

お別れだからちゅうて、奥さんがどうしてもはなしてくれんもんですけん」

 浩一郎の額から滝のように汗がながれる。警部の注意でその汗をふくと、いくらか浩一

郎も落ち着いたようだ。

「それで、水車小屋へかえったのは?」

「九時五十五分でした。ぼく、奥さんがはなしてくれると、宙をとぶようにしてかえって

きたんです」

「ああ、ちょっと……」

 と、金田一耕助がそばから、

「立ちいったことをきくようだが、そのとき、奥さんはどんな服装をしていたの」

「はあ、あの、長なが襦じゆ袢ばんのまんまで……」

 浩一郎の声は消えいりそうである。

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