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蜃気楼島の情熱 一(2)
日期:2023-12-15 16:51  点击:270

 この男は久く保ぼ銀ぎん造ぞうといって、金田一耕助の一種のパトロンである。

 金田一耕助が「本陣殺人事件」でデビューしたときの登場人物で、若いころアメリカへ

わたって、カリフォルニヤの農園で働いていたが、そこで習得した技術と稼ぎためた金を

日本へ持ってかえって、郷里の岡山県の農村で果樹園をはじめた。この果樹園は成功し

て、いまではジュースなども製造して、かなり盛んにやっている。

 金田一耕助も青年時代の数年を、アメリカの西部で放浪生活を送ったが、そのころ、ふ

としたことから識しり合あって以来、親子ほどある年齢のへだたりにもかかわらず、どう

いうものかうまがあって、耕助がげんざいやっている、風変わりな職業に入るときにも、

この男の出資を仰いだ。

 爾じ来らい、いっそう緊密な友情にむすばれて、耕助は年に一度はかならず銀造の果樹

園へ、骨休めにやってくる。

 金田一耕助のような職業にたずさわる人間には、ときどきの休養が必要だし、休養の場

として、静かで、新鮮な果樹の熟うれる果樹園ほどかっこうの場所はなかった。久保銀造

も金田一耕助の飄ひよう々ひようたる人柄を愛して、年に一度、かれがやってくるのを何

よりの楽しみとしている。

 今年もかれがやってくるのを待って、二、三日のんきなむだ話に過したのち、俄にわか

に思い出したように旅行にひっぱり出した。そしていま瀬戸内海に面した町の、宿の二階

にくつろいでいるふたりである。

「ねえ、耕さん、いまのような話をね、志し賀がのやつにしておやり。よろこぶぜ、あの

男……」

「承知しました。志賀さんの日本趣味に大いに共鳴して、ご機嫌をとりむすんで、ひとつ

パトロンになってもらいますかな」

「あっはっは、それがいいかもしれん。あいつはおれより、よっぽど金を持っとるから

な。しかし、あいつのあれ、日本趣味というのかな。日本趣味だか支那趣味だか、なんだ

かえたいのしれん趣味だよ、あいつのは……何しろあのとおり、竜宮城みたいな家を建て

るやつだからな」

 久造銀造はふりかえって欄干の外を指さした。欄干の外はすぐ海で、海の向こう一里ば

かりのところに、小さい島がうかんでいる。

 夏はもう終わりにちかいころのこととて、海はとかく荒れぎみで、今日も雀色の黄昏た

そがれの靄もやのなかに、幾筋かの白い波頭をならべて、不機嫌そうな鉛色をしている。

その海の向こうに小ぢんまりと藍色にうかんでいるのは、周囲一里たらずの小島だが、こ

の島は全然孤立しているのではなく狭い桟道のようなもので本土とつながっているらし

い。

「しかし、志賀さんがああいう島を買って、竜宮城のような家を建てるというのも、長い

アメリカ生活にたいするひとつの反動でしょうな。大おお袈げ裟さにいうとレジスタンス

というやつかな」

「そうそう、それは大いにあるんだ。アメリカでしこたま稼ぎためたにゃちがいないが、

それと同時にひどい目にあってるからな」

「ひどい目って……?」

「いや、それはいつか話そう。耕さんの領分にぞくすることだがな」

「ぼくの領分に……?」

 耕助がちょっとドキリとしたような眼で、銀造の顔を見直したとき、女中が階下からあ

がってきて、

「あの……沖の小島の旦那さまがいらっしゃいましたが……」

 話題のぬしがやってきたのである。

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