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蜃気楼島の情熱 四
日期:2023-12-15 16:55  点击:308

 ランチが沖の小島へついたころには、嵐はいよいよ本式になってきた。

 水門からボート・ハウスのなかへ入っていくと、白小こ袖そでに水色の袴はかまをはい

た少年が迎えに出た。

「徹、今夜はここへ泊まっておいで。夜が明けてから陸づたいにかえるがいい。それでも

葬式に間にあうだろう」

 志賀もいくらか落ち着いていた。

「はあ、そうさせていただきます。すみません」

 徹はランチをつなぎとめながら、ペコリと頭をさげた。

 徹をそこへのこして一同がボート・ハウスを出ると、暗い嵐の空に、累々層々たる屋根

の勾こう配ばいが重なりあって、強い風のなかに風ふう鐸たくが鳴っている。昼間、この

島を遠望すると、おそらく蜃しん気き楼ろうのように見えるだろう。

 大きな朱塗りの門を通り、春日かすが燈籠のならんだ御み影かげ石の道をいくと玄関が

あり、老女がひとり出迎えた。

「ああ、お秋あきさん、静のようすはどうだね」

「はあ、なんですか。今夜はとくべつに気分が悪いとおっしゃって、宵から寝所へお入り

になりました。旦那さまがおかえりになりましたら、恐れいりますが、菊の間でおやすみ

くださいますようにとのことでした」

「ああ、そう、ちょっと見舞いにいっちゃいけないかしら」

 志賀の声はひどく元気がない。

「おじさん、今夜はおよしになったほうがいいでしょう。気分がおさまってから……」

 あとから来た徹が注意する。

「ふむ」

 おとなしくうなずいたものの、徹を見る志賀の眼には、なにかしら不快なものがうかん

でいる。しかし、すぐその色をもみ消すと、

「いや、失礼しました。それではこちらへ……」

 案内されたのは菊の間だろう。欄間の彫りも襖ふすまの模様も、ぜんぶ菊ずくめの豪華

な十二畳で、客にそなえて座ざ蒲ぶ団とんなどもよくくばられていた。

「あの、召し上がりもののお支度をいたしましょうか」

「あ、いや、もうおそいからそれには及びません。志賀さん、あんたもおやすみなさい。

なんだか気分が悪そうだから」

「はあ、どうも。……醜態をお眼にかけて……金田一先生もお許しください」

 志賀はまだ深く酔いがのこっている眼付きだが、さっきの狂きよう躁そう状態とは反対

に、深い憂鬱の谷のなかに落ちこんでいるらしかった。

 その晩、耕助は久保銀造と枕まくらをならべて寝たが、なかなか眠りつけなかった。嵐

はますますひどくなるらしく、風鐸の音が耳について離れない。しかし、それよりもっと

耕助の眠りをさまたげたのは、さっきの志賀の狂態である。

 宵に宿であったときの上機嫌とうって変わったあの狂態は、いったい、何を意味するの

か。お通夜の席で親戚の村松が、何かいったということだが、それはどういうことか。

 それにもうひとつ、気になるのは、かつて志賀の細君を殺したという男が、いまここに

いるということだ。それ自体、不安をそそる事実だが、それよりも、あの狂態の最中に、

志賀はなぜまたそのことをいいだしたのか。久保銀造も寝られぬらしく、てんてん反側し

ていたが、しかし、さすがに、失礼な臆おく測そくはひかえて、ふたりとも口を利かず、

そのうちに耕助はとろとろとまどろんだ。

 その耕助がただならぬ気配に眼ざめたのは、明け方ちかくのことだった。

 寝床のうえに起きなおって、聴き耳を立てると、遠くのほうで廊下をいきかう足音が乱

れて、それにまじって誰か号泣する声がきこえる。

「おじさん、おじさん」

 耕助がゆすぶると、隣に寝ていた銀造もすぐ眼をさました。

「耕さん、何かあったかな」

 ただならぬ耕助の顔色に、銀造もギョッと起きなおった。

「おじさん、何かあったらしいですよ。ほら、あの声……」

 銀造もちょっと耳をすまして、

「志賀の声じゃないか。いってみよう!」

 寝間着のまま声のするほうへいってみると、一間のまえにお秋という老女と女中が三

人、それに六十前後の白髪のおやじがひとりまじって、ものにおびえたように座敷のなか

をのぞいている。

 それを搔きわけて金田一耕助がのぞいてみると、つぎの間のむこうに寝室があるらし

く、立てまわした屛びよう風ぶのはしから絹夜具がのぞいている。その夜具のうえに白い

寝間着を着た男の脚と、赤い腰巻きひとつの女の脚が寝そべっていて、

「静……静……おまえはなぜ死んだ。おれをのこしてなぜ死んだ。静……静……」

 号泣する志賀の声が屛風のむこうから聞こえてくる。金田一耕助は久保銀造をふりか

えって、ギョッと呼吸をのんだ。

「おれじゃない。おれじゃない。おれは何もしなかった」

 そばに立っているずんぐりとした白髪のおやじが、何かつかれたような眼の色をしてつ

ぶやいている。金田一耕助がまた銀造のほうをふりかえると、銀造がかすかにうなずきか

えした。これがその昔、志賀の愛妻を殺したという樋上四郎なのだろう。

「おじさん、とにかくなかへ入ってみましょう」

 屛風のなかをのぞいてみると、志賀はしっかりと愛妻の体を抱きしめ、頰ほおずりし、

肌と肌とをくっつけて、静よ、なぜ死んだと搔きくどいているのである。

 その静子は腰巻きひとつの裸体で、長い髪が肩からふくよかな乳房のうえにからまって

いる。志賀が夢中でその体をゆすったとき、黒髪がばさりと寝床のうえに落ちたが、その

とたん、金田一耕助と久保銀造ははっきり見たのだ。

 静子ののどには大きな拇おや指ゆびのあとがふたつ、なまなましくついている。……

 だが、それにしても、静子の枕もとにころがっているものはなんだろう。いびつな球状

をしたガラスのたまで、中央に黒い円形の点がある。金田一耕助はそれをのぞいてみて、

ギョッと呼吸をのみこんだ。

 それは義眼であった。ガラスでつくった入れ眼である。その入れ眼が瞳をすえて、静子

の死体と、志賀泰三の狂態を視すえているかのように。……

 金田一耕助はゾクリと肩をふるわせた。

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