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蜃気楼島の情熱 六(1)
日期:2023-12-15 16:58  点击:306

 志賀泰三はそのときまで、静子の死体を抱いてはなさなかった。肌と肌とをくっつけ

て、そうすることによって、静子の魂を呼びもどすことが出来るかのように、

「静、なぜ死んだ。おれを残してどうしておまえは死んだんだ」

 と、愛妻の名を呼び、かきくどいてやまなかった。だから、係官がやってきたときも、

静子の亡なき骸がらから泣きわめく志賀をなだめて、引きはなすのに難渋しなければなら

なかった。

「イヴォンヌのときがやっぱりあれだったんだ。愛情のこまやかなのもほどほどで、少し

度がすぎるもんだから他の誤解を招くんだ」

 と、久保銀造が慨嘆したが、じっさい、係官の心証はあまりよくなかったようだ。

 さて、こういう場合、何よりも必要なのは医者の検視なのだが、困ったことには嘱託医

の村松氏は葬式でとりこんでいるうえに、近親者のことだから遠慮したいという申し入れ

があったので、はるばる県の警察本部から、医者がくるのを待たねばならなかった。

 金田一耕助は係官の現場検証がおわったあとで、敷蒲団のしたを見せてもらったが、そ

こにははたして袖そでだたみにした寝間着がしいてあったので、そのことについて係官の

注意を喚起しておいた。

 正午過ぎ、志賀泰三が睡眠剤をのんでよく寝こんだところを見計らって、

「お秋さん、ぼく、ちょっと対岸の町へいってみたいんですが、自転車があったら貸して

くれませんか」

「それがあいにくなことには。……どうしたのか今朝見ると、泥まみれになってこわれて

おりますの。まことに申し訳ございませんけれど……」

「ああ、そう、歩いていくとどれくらい?」

「歩いてはたいへんです。うかうかすると一時間はかかります。あの、なんでしたらラン

チを仕立てましょうか」

「ああ、そうしていただけたら有難いですね。それじゃ、おじさん、あなたもいっしょに

いきましょうよ」

「ああ、そう、じゃいこう」

 金田一耕助のやりくちをしっている銀造は、多くをいわずについてきた。

 午前中降りしきっていた雨は小降りになって、霧のように細かい水滴が、いちめんに海

のうちに垂れこめて、対岸の町も模も糊ことしてかすんでいる。

 ボート・ハウスへ入っていくと、ランチの運転台にはゆうべ迎えに出た少年がすわって

いた。むろんきょうは白小袖ではなく、金ボタンの小ざっぱりとした詰つめ襟えりであ

る。

「やあ、君が運転してくれるの。ご苦労さん」

「いいえ」

 少年はちょっと頰ほおを赧あかくする。ふたりが乗りこむとランチは水門をくぐってす

ぐ海へすべりだした。

「君、君、運転手君、君の名はなんというの」

「はあ、ぼく佐さ川がわ春はる雄おともうします」

「佐川春雄か、いい名だね。ところで春雄君、君、いつもこのランチを運転するの」

「はあ」

「それじゃあ、昨夜はどうして運転してこなかったの」

「昨夜は徹さんがお迎えにいらっしゃいましたから」

「徹君が迎えにきたって? なんできたの? いや、なんのためにという意味じゃあな

く、なにに乗ってやってきたの」

「自転車であっちの道……」

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