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蜃気楼島の情熱 九(1)
日期:2023-12-15 17:02  点击:279

 沖の小島へかえってみると、さっき着いたといって、県の警察本部から駆けつけてきた

連中が、島のまわりを駆けずりまわっていた。

 金田一耕助が玄関から入っていくと、なかからとび出した中老の男が、いきなり耕助に

抱きついた。

「金田一さん、金田一さん、あんたがこっちへきてるとは夢にもしらなかったよ。岡山へ

きて、わしのところへ挨拶にこんという法はないぞな。わしが県でも古ふる狸だぬきだと

いうことをしらんのかな。あっはっは」

 いかにもうれしそうに笑っているのは磯いそ川かわ警部である。

「本陣殺人事件」以来おなじみのふたりは、「獄門島」や「八つ墓村」のときもいっしょ

に働いたので、強い友情でむすばれている。

「いやあ、さっそくご挨拶にうかがいたかったんですが、ここにいるご老体がはなしてく

れませんのでね」

「あっはっは、耕さんはわたしの情い人ろですからな。いや、警部さん、しばらく」

「いやあ、しばらく。あんたもお元気で。……しかし、金田一さん、あんたゆうべここへ

来られたということだが、もう犯人の当たりはついてるんでしょうな」

「まさかね」

「どうだかな」

 磯川警部はわざと小鼻をふくらませて、意地悪そうにジロジロ耕助の顔を見ながら、

「その顔色じゃ、何だかどうも臭いですぞ」

「いやね。警部さん、ぼくは第一、犯行の時刻もしらんのですよ。それに死因なんかも

はっきりわからないし……」

「ああ、そう、犯行の時刻は昨夜の十二時前後、……はばを持たせて午後十一時から午前

一時ごろまでのあいだというんですがね。それから死因は扼やく殺さつ、……両手でしめ

たんですな。ところがちょっと妙なことがある」

「妙なことって?」

「下しもから相当出血していて、ズロースは真紅に染まってるんだが、そのわりに腰巻き

がよごれていない。それに汚物を吐いた形跡があるというんだが、敷布のよごれかたがこ

れも少ない。しかし、これは大したことじゃないかもしれんが……」

 と、いいながら磯川警部はジロリとふたりの顔を見て、

「あっはっは、金田一さん、あんたはしらをきるのはお上手だが、こちらのご老体は駄目

ですな。いまのわたしのいったことに何か重大な意味があるらしいですな」

「あっはっは、おじさん、気をつけてください。この警部さん、みずから古狸と称するだ

けあって、なかなか油断はなりませんからね」

 銀造はしぶい微笑をうかべている。

「冗談はさておいて、警部さん、あなたがたのお考えでは……?」

「われわれのはいたって単純なもんです。昨夜のお通夜の席で、妻の不貞をきいたここの

主人が、嫉妬のあまりやったんじゃないか。いや、やったにちがいないということになっ

てるんですがね。犯行の時刻を一時とすると、時間的にもあいますからね。みなさん十二

時過ぎにかえってきたそうじゃありませんか」

 金田一耕助はちょっとおどろいたように磯川警部の顔を見なおした。

「それじゃ、昨夜のお通夜の話は、もうあなたがたにもれてるんですか」

「そりゃ、お通夜ですもの。ほかにも客がおおぜいいましたからね。土地の警察のもんが

それらの客から聞き出したんです」

「ああ、そう、それじゃほかにも客のいるまえであんな話をしたんですか」

 金田一耕助はうれしそうにもじゃもじゃ頭をかきまわしている。銀造はあきれかえった

ように苦りきっていた。

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