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蝙蝠と蛞蝓 五(2)
日期:2023-12-18 11:06  点击:280

「つまりですね、問題はそのときの笠の形なんですがね、お加代さん、どうしたのか、ち

かごろ馬鹿にでかい笠をつけたじゃありませんか。朝顔みたいにこっぽりしたやつで、縁

が巾着の口みたいにひらひらしている……」

 おれは突然ぎょくんとして跳び上がった、眼がくらんで、顎あごががくがく痙攣した。

「君は──君は──なにをいうのだ。それじゃ──あのときお加代さんが電気の笠だといっ

て、おれに握らせたのが──」

「つまり、金魚鉢だったんですよ」

 おれはなにかいおうとした。しかし舌がまたサボタージュを起こして、一言も発するこ

とができないんだ。すると金田一耕助はにこにこしながら、

「湯浅さん、まあ、お聞きなさい。このことに私が気がついたのは、あなたのあの未完の

傑作のおかげなんですよ。あなたはあの小説のなかに、お繁という女が、金魚鉢につい

て、いかにモノメニヤ的な神経質さを持っているか、ということを書いていますね。とこ

ろが、お繁が殺された現場にある金魚鉢は、あなたがお書きになった位置よりも、約一

尺、つまり金魚鉢の直径ほど、右によったところにあり、しかも、なかの水も半分ほどし

かなかったんですよ。その水が赤く染まっているところから、犯人が金魚鉢で手を洗った

ことはわかっていますが、手を洗うのに金魚鉢を動かす必要もなければ、また、水が半分

もへるわけがない。そこで私はこう考えたんです。犯人は第二の金魚鉢を持ってきて、も

とからあった第一の金魚鉢のそばに置いた。そして第一の金魚鉢の中身を、第二の金魚鉢

に移したが、そのときあわてていたので半分ほどこぼした──と、このことは、床の間のま

えの畳が、じっとりとしめってるのでも想像ができるんです。だが、なぜそんなことをし

たのか、──それはつまり、あなたの指紋を現場に残しておきたかったからですね。そこ

で、昨日警部さんに頼んで、あなたに、どこかほかで、金魚鉢にさわったことはないか

と、訊ねてもらったんです。しかし、あなたはそんな記憶がないとおっしゃる。そこでふ

と思い出したのが、先日のあの電気の笠のエピソードなんですよ」

「それじゃ──それじゃあのお加代が──」

 おれはいまにも泣きだしそうになった。あのお加代が──あのお加代が──ああ、なん

ちゅうことじゃ!

「そう、あのお加代と山名紅吉の二人がやったんですね。というよりも、お加代が紅吉を

唆そそのかしてやらせたんですよ。湯浅さん、人間を外貌から判断しちゃいけない。あの

お加代という女は、年は若いが実に恐ろしいやつですよ。私がなぜあのアパートへ招かれ

ていったと思います? 実は剣突剣十郎氏の依嘱をうけて、剣十郎氏のちかごろ悩まされ

ている、正体不明の吐と瀉しや事件を調査にいったんですよ。剣十郎氏はあきらかにある

毒物を少量ずつ盛られていた。放っておけば、その毒物が体内につもりつもって、早晩命

とりになるという恐ろしい事件です。私はちかごろやっと、その毒殺魔が姪めいのお加代

であるという証拠を手に入れた、その矢先に起こったのがこんどの事件で、だから私はは

じめからお加代に眼をつけていたんです。あいつは恐ろしい女ですよ。美しい顔の下に、

蛇のような陰険さと貪どん婪らんさを持った女です。あいつまえから、お繁の金に眼をつ

けていたが、その矢先に、あなたの原稿を見たので、それからヒントを得て、ああいう恐

ろしい計画をたて、山名紅吉を口説き落として仲間に引きずりこんだんです。つまりあな

たが空想のうえで私にしようとしたことを、すなわち自分で殺して私に濡れ衣ぎぬをきせ

ようという、あの空想を、お加代は実際にやって、しかも罪を背負わされる犠牲者にあな

たを選んだのです。どうです、わかりましたか」

「それじゃ──それじゃ、──お加代は自ら手をくだして、──お繁を殺したんですか」

「そう、半分──。半分というのはこうです。お繁は心臓をえぐられて死んでいたんです

が、同時に咽喉のところに縊くくられた跡が残っていた。しかも、その跡は、心臓をつか

れた後でも先でもないことがわかった。しかも心臓をえぐり殺したあとで、首を絞めるや

つもありませんね。つまり、その跡は心臓をえぐると同時にできたものなんです。だか

ら、これは一人の人間の仕業でないことが想像された。どんな器用な犯人でも、細ほそ紐

ひもで首を絞めながら、心臓をえぐるわけにいきませんからね。そういうことからも、共

犯者のないあなたが犯人でないことがわかったし、同時にお加代と紅吉に眼をつけたとい

うわけです。何しろ凄すごいやつですよ、お加代という女は──お繁の後ろからとびつい

て、細紐で首を絞め、そこを紅吉に突き殺させたというんですからね」

 おれはもう口をきくのも大儀になったが、それでも突きとめるだけのことは突きとめて

おかねばならん。

「しかも、私に罪をきせるために、兇器として私の短刀を用いたんですね。そして私の寝

間着に血をつけて……」

「そうです、そうです。あの短刀は二、三日前にお加代があなたの部屋から盗み出したも

ので、また、寝間着の血は、あなたが学校へいったあとで、お加代が自分の体からしぼり

とった血をなすりつけておいたんです。利口なやつで、あの寝間着が発見されるのは、

ずっとあとのことになり、それまでには血が乾いているだろうことを知っていたし、ま

た、お繁が、自分と同じ血液型だということを、隣組の防空やなんかでちゃんと知ってい

たんですね」

 おれは悲しいやら、恐ろしいやら、わけがわからん複雑な気持ちで、しいんと黙りこん

でいたが、するとふいに金田一耕助が、にこにこ笑いながら、こんなことをいった。

「どうです、湯浅さん、あなたはこれでもまだ蝙蝠が嫌いですか」

 正直のところ、おれはちかごろ蝙蝠が大好きだ。夏の夕方など、ひらひら飛んでいるの

は、なかなか風情のあるものである。

 それに第一、蝙蝠は益鳥である。

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