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人面瘡 二(1)
日期:2023-12-18 11:08  点击:278

「先生、金田一先生、もうおやすみですか」

 電気スタンドの灯りを消して、金田一耕助がまたうとうととしかけているところへ、磯

川警部がかえってきた。

「ああ、いや、まだ起きていますよ」

 金田一耕助は寝返りをうって、電気スタンドのスイッチをひねると、

「警部さん、どうかしましたか」

「ああ、いや……」

 と、金田一耕助の顔を見おろしながら、厚いてのひらでつるりと額を撫なであげる磯川

警部のおもてには、世にも奇妙な色がうかんでいる。

 金田一耕助と磯川警部はもうながいあいだの交際なのだ。だから警部の顔色をみると、

金田一耕助にも事件の規模はわかるのだ。耕助は思わず寝床のうえに起きなおった。

「警部さん、なにか……」

「いや、先生」

 と、警部は肉の厚い顔をしかめて、

「夜中はなはだ恐れ入りますが、ちょっと見ていただきたいものがあるんですが……」

「なにか事件ですか」

「はあ、こんなところまできて、また事件ではまことに申訳ないんですが、じつはカルモ

チンの自殺未遂なんです。ただし、そのほうの処置はいたしました。さいわい、発見がは

やかったので、命はとりとめると思うんですが……」

 物慣れた磯川警部は、カルモチンの自殺未遂ていどの事件ならば、医者がくるまでの応

急処置くらいは心得ているのである。

「はあ、はあ、なるほど、それで……?」

「ところが、ここにちょっと妙なことがあって、それをぜひ先生に見ていただきたいんで

すが……先生にしてもごらんになっておかれたら、なにかの参考になりゃせんかと思うん

ですがな」

 磯川警部の瞳には一種異様なかぎろいがある。それがなにか言外の奇妙な意味を物語っ

ているようであった。

「ああ、そう、それじゃ……」

 と、金田一耕助は気軽に立ちあがると、浴衣のうえからドテラを重ねた。さっきから見

ると、またいちだんと冷えこむようだ。

 田舎の湯治場などによくあるように、この薬師の湯もあとからあとから立てましたらし

く、長い縁側や渡り廊下が、まるで迷路のようにひろがっている。外はあいかわらずよい

月らしく、しめきった雨戸のすきから、鮮かな光がさしこんで、廊下のうえにくっきりと

縞しま目めをつくっている。足の裏にその廊下の感触がひんやりとつめたかった。

 磯川警部の案内で、長い縁側や渡り廊下を抜けて、母屋の裏側にあたっている雇人だま

りのまえまでくると、なかから灯りの差す障子の外に黒い影が立っていた。

 立ちぎきでもしていたのか、その男は障子のなかのようすをうかがっていたらしいのだ

が、ふたりの足音をきくとあわててそこを離れた。そして、顔をそむけるようにして、ふ

たりのそばをすり抜けると、母屋のほうへ逃げていった。

 すれちがうとき、金田一耕助がなにげなくみると、右の頰ほおにおそろしい火傷やけど

のひきつれのある男だった。

「なんだろう……? あの男……」

 そのうしろ姿を見送りながら金田一耕助がつぶやくと、磯川警部もうさんくさそうに眉

まゆをひそめて、

「変ですねえ。宿の浴衣を着ていたから客でしょうが、やっこさん、ここでなかのようす

を立ちぎきしていたんじゃありませんか」

「どうもそうらしいですね」

「頰に大きな火傷の跡かなんかがありましたね」

「そう、だから目印にはことかかない」

 磯川警部はふっと不安らしく金田一耕助の顔をふりかえったが、すぐ思いなおしたよう

に障子に手をかけて、

「さあ、どうぞ、この部屋です」

 障子をあけるとそこは六畳、いかにも奉公人の部屋らしく、煤すすけてゴタゴタしたな

かに寝床がひとつ敷いてあって、そこに女がひとり昏こん睡すい状態で横たわっている。

 金田一耕助はその女の顔をみたとたん、思わずほほうっと眼をみはった。

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