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人面瘡 三(3)
日期:2023-12-18 11:11  点击:269

 金田一耕助は磯川警部と肩をならべて、わざと貞二君たちの一行と、すこしおくれて磧

の石ころを渡りながら、

「警部さん、貞二君というのはどういうんです。松代という女にたいして、なにかおだや

かならぬ感情をふくんでいるようですが……」

 磯川警部もくらい眼をしてうなずくと、

「さあ、そのことですがね。わたしもちょっと意外でした。あれはむしろ貞二という男

の、自責の念のぎゃくのあらわれじゃないかと思うんですがね」

「自責の念といいますと……?」

「いえね、貞二は後悔してるんですよ。松代にすまぬと思っているんです。しかし、男の

意地として、すなおにそれが表明できないんでしょう。貞二というのは元来あんな男じゃ

ない。わたしは子供のじぶんからしってますが、ごく気性のやさしい男なんです。もっと

も、ちかごろ魔がさしたといえばいえますがね」

「貞二君はなにか松代に……」

「ええ、松代というのはいちど貞二の嫁ときまっていた女なんです。隠居もそれを希望

し、貞二もひところは松代が好きだったはずなんです。それが、由紀子という妹があらわ

れてから、なにもかもむちゃくちゃになってしまったんです」

「貞二君は妹のほうが好きになったというわけですか」

「ええ、まあね。由紀子という女が貞二を横よこ奪どりしてしまったんですね。話せばま

あ、いろいろあるんですが……」

 磯川警部はいかにもにがにがしげなくちぶりだった。

「ときに、警部さん」

 しばらくしてから金田一耕助がまた口をひらいた。

「松代という娘のあの腋わきの下の奇妙な腫はれ物ものですがねえ。あなたはもちろんあ

あいうこと、ご存じなかったんでしょうねえ」

「しりませんでした」

 と、警部は身ぶるいをするように、大きな呼吸をうちへ吸うと、

「金田一先生、いったいあれはどういうんでしょう。人面瘡というのは話に聞いたことが

ありますが、なんだか気味が悪いですねえ」

「さっきの貞二君の話によると、松代君はこの夏頃から、ほかの女中といっしょに風呂へ

入ることをきらって、夜おそくこっそりひとりで入浴していたといってましたね」

「そうそう、そんな話でしたが、それがなにか……?」

「いや、と、いうことは夏頃までは松代という娘も、ほかの女中といっしょに風呂に入っ

ていたということになりますね」

「あっ、なるほど。すると、ああいういまわしい出来物ができたのは、夏よりのちという

ことになるわけですね」

「そうです、そうです。いったい医者はあの腫物を、どういうふうに説明しますか。……

とにかく変っておりますねえ」

 金田一耕助はそれきり黙って考えこんだ。

 しばらくいくと、磧はにわかにせまくなって、そこからはどうしても街道へあがらなけ

ればならなくなっている。

 そのあがりくちで貞二君と万造が提灯をぶらさげて待っていた。そのへんから月の光と

縁が切れて、むこうの山の陰へ入るのである。

 街道へ出ると稚児が淵はすぐだった。

 土地のひとが天てん狗ぐの鼻と呼んでいる大きな一枚岩が、街道からすこし入ったとこ

ろに張り出している。その下がふかい淵になっていて、土地のひとはそれを稚児が淵とよ

んでいる。

 稚児が淵はいまはんぶんは月に照らされ、はんぶんは月にそむいて、明暗ふたいろに染

めわけられて、しいんとふかい色をたたえている。

 天狗の鼻の突端には、おとなの臍へそくらいの高さに木もく柵さくがめぐらせてあり、

その木柵のこちらがわに、五つ六つの人影が、なにか声高にしゃべっていた。

 貞二君はそれを見ると急に足をはやめた。金田一耕助と磯川警部もそのあとから足をい

そがせた。

「ああ!」

 天狗の鼻の木柵は一部分凸型になってつきだしている。ひとをかきわけてその凸部へ踏

み出した貞二君は、その木柵に手をかけて、淵のなかをのぞきこみながら、うめくような

声を咽喉のおくから搾しぼりだした。

 金田一耕助と磯川警部も、貞二君の背後から淵のなかをのぞきこんだが、ふたりとも思

わずあらい息使いをした。

 月光に染め出された稚児が淵の、にぶく底光をはなつ水のなかから、針のような岩が

いっぽん突出している。

 土地のひとはその岩を稚児の指と呼んでいるが、その稚児の指のすぐそばに、女がひと

りうかんでいる。しかも、その女は一糸まとわぬ全裸であった。月の光に女の裸身がまば

ゆいばかりにかがやいていた。

 稚児が淵の水は、稚児の指をめぐって、ゆるやかに旋回しているらしく、女の裸身も木

の葉のようにゆらりゆらりと、突出した岩の周囲をめぐるのである。月の光に女の裸身

が、おりおり、魚の腹のような光を放った。

 それは美しいといえば美しい、残酷といえばこのうえもなく残酷な眺めであった。

 貞二君は爪つめも喰くいいらんばかりに木柵をつかんで、やけつくような視線で女の裸

身をみおろしていたが、とつぜん金田一耕助と磯川警部のほうをふりかえると、

「あいつだ、あいつだ、あいつがやったのだ!」

 と、嚙かみつきそうな調子である。

「貞二君、あいつというと……?」

「火傷の男だ! 顔に火傷のひきつれがある男がやったのだ!」

「火傷の男……?」

 磯川警部ははっとしたように、金田一耕助をふりかえったが、そのとたん、

「危い!」

 と、叫んで金田一耕助が、貞二君の腕をつかんでうしろへひきもどした。

 引きもどされた貞二君の腹の下から、木柵が一間あまり、大した音も立てずに、淵のな

かへ顚てん落らくしていったのである。

 一同は茫ぼう然ぜんたる眼で、水面へ落下していく木柵をみつめている。

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