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第一章 汝夜歩くなかれ--佝僂画家(1)
日期:2023-12-19 15:57  点击:299

第一章 汝夜歩くなかれ

  佝僂画家

「とにかく困った。何しろ正気の沙さ汰たとは思えん。狂ってるよ、まったく。……な

に、昔から気まぐれなたちはたちなんだ。しかし今度のことは、気まぐれだなんてすまし

ていられない何かがある。それがおれには怖こわいんだ。ねえ君、おれはこう見えてもふ

つうの人間なんだ。いたって平凡な常識人なんだよ。そりゃア時には悪党がってもみせる

さ。凄すごんだことをいってみたりしてみたりすることもある。しかし、ありゃア要する

に一種の虚栄心だ。小心翼々たる実体を、ひとに看かん破ぱされたくないカムフラージ

さ。魚でも昆虫でも、弱い奴ほどおっかない外がい貌ぼうをそなえているじゃないか。あ

れと同じことだ。いや、まったくの話が……だから、悪党ぶって、せいぜい凄んでみたと

ころで、内心はいたって謹直なものさ。いつか君が言ったね。おまえのは露悪趣味だ

と……。そのとおり。要するに趣味なんだ。本質じゃないんだ。だから、はたから見て、

どんなに無軌道に見える行動でも、ちゃんと埒らちを心得ているんだ。うっかり社会の道

徳律を踏み越えそうになると、おっとどっこいと、後戻りするだけの才覚はあるんだ。と

ころがあいつと来たら、……あの娘と来たら、それがないんだ。あの娘の眼中にゃ、道徳

もへったくれも存在しないんだ。困った、まったく弱っちまったよ。……おい、何んとか

いえよ」

「何んとかいえったって、さっぱり話がわからんじゃないか」

「わからない? そんなことがあるもんか。さっきからこれだけしゃべらせておいてわか

らんという法はあるまい。君は日ひ頃ごろから感の鋭いところを、自慢している男じゃな

いか」

 私はころころ笑い出した。それから手巻煙草に火をつけると、ゆっくり一服くゆらしな

がら、酒にすさんだ仙石直記の顔を眺めまわした。こういう場合、こっちが落ち着きは

らった態度に出れば出るほど、いよいよ忙せきこんで来る相手であることを知っていたの

だが、どういうものかこの時は、いつもとちがって仙石のやつ、いっこう忙きこんで来る

様子もなかった。おやおや、奴やつこさんよっぽど悄しよ気げかえっているな。……

「いかに感のいい人物だって……断わっておくが、ぼくがそうだというンじゃないよ……

とにかくいかに感の鋭い人物だって、データのない囈語たわごとの羅ら列れつから、何が

汲くみ出せるというンだ。酔っ払いの囈語から、まじめな意味をつかみ出そうと苦労する

ほど、馬鹿の骨頂はないからね」

「酔っ払いかい、おれが……は、は、は、酔っ払いにゃちがいないね。さっきからこれだ

け飲んでいるンだから」

 直記は持参のサントリーを、ジャブジャブグラスに注ぐとまたひといきに飲み干した。

酔っ払って手がふるえているから、半分ぐらいは机にこぼす。もったいない話だ。第一こ

のウイスキーは、私への土産みやげだといって持って来ながら、ほとんど一人で飲んでし

まった。とにかく、この男にしては珍しく動どう顚てんしているらしい。

「だけど、だいたいの事はわかるだろう、ね、わかってくれるだろう。おれがいったい何

の話をしているんだか」

「そりゃア想像のつかぬこともない。八千代さんの話らしいね」

 直記はとろんとした眼で私を見すえたが、私はその眼のなかに、何かしら異様な凄すご

みをかんじて、思わずひやっとした。網の目のように、血の筋の走った直記の眼には、酒

の酔いが雲うん母もの粉をふいたようにぎらぎらと浮かんでいる。

 しかし、そのきららの底から、何かしらえたいの知れぬ異様な凄みが、熱っぽくのぞい

ているのを感じて、こいつほんとうに酔っちゃいないな……と、私はふいと警戒する気に

なった。直記もこっちの気持ちに気がついたのか、あわてて眼を伏せると、またウイス

キーを注ぎながら、

「そうだ。あの女のことだ。実はあいつ、今度結婚しようというンだよ」

「八千代さんはいったいいくつだったね」

「二十三。……いや、とって四だったかな」

「なら、まだ早いという年じゃない。結婚したっていいじゃないか。いや、むしろ結婚す

るのが至当じゃないか」

「そうだ。君のいうとおりさ。だけど君、そりア相手によりけりだぜ」

「と、いうのはつまり、相手が悪いというのかね」

 直記はドスぐろい顔をしてうなずいた。

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