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第一章 汝夜歩くなかれ--佝僂画家(2)
日期:2023-12-19 16:13  点击:265

「いったい、どういう人物だね、相手というのは、いや、こんなこと、ぼくが聞いたって

はじまらんがね」

「ところが、それを是非、君にきいてもらわねばならんのだ。いや、君に聞いてもらおう

と思ってわざわざやって来たんじゃないか。ねえ、君、きいてくれるだろう。いや、君が

いやだといったところできかせずにはおかんのだが……」

「……しかし、困ったねどうも、仙石、まあ、きけよ。ぼくは八千代さんという女性につ

いちゃちっとも知ってやしない。そりゃ君の話ではよくきいているが、いままで会ったこ

とも見たこともない。そう、いつか写真を見せてもらって、綺き麗れいなひとだと思った

ことはあるが、それ以外彼女については、ほとんど何も知らないも同然だ。そのぼくがな

んだって、彼女の縁談についてきかなければならないんだね」

「そりゃアね。つまり、おれが君を信用しているからさ」

「おい、仙石。君はまじめにそんなことをいってるのかい」

「あたりまえさ。まあ、おきき、寅とらさん。この話はいずれ誰かにうちあけて相談しな

ければならんのだが、おれはおよそ人間というやつを信用しない。屋代寅太以外にはね。

そうだ。おれは君を信用している。そのことは君も知っているだろう。君ならば、どんな

話をしようとも、おれの許可がないあいだは絶対に他へもらすようなことはないね、そう

だろう」

「有難い仕合わせさ、君の信用を博しているのは……しかし、仙石、君がこれから話をし

ようというのは、他へもらしてはいけないことなのかい」

「絶対に。……そのことだけはあらかじめ固く申しつけておく」

「まっぴら御免だ。ぼくはなにも君に信用してもらわなくてもよろしい。その代わり、そ

んな重っくるしい話をきくのも願いさげにしてもらいたいね」

「あっはっはっはっ、駄目駄目。いかに君が口さきで辞退しても内心の好奇心はおおうべ

くもなしさ。まあ、いいさ。それにね、ぼくが君にこの話をするのは、もうひとつ別に理

由があるんだ。このことはいずれ後で話すがね。それじゃ寅さん、話すからきいてくれる

ね」

 仙石直記という男は、どこか偏執狂的なところがある上に、たいへん熱っこい性質で、

何かに打ちこむとわきめもふらない。そしてそういう時には万事が高飛車になる。相手の

気持ちなどかんがえずに、ぐんぐん自分の思うとおり押して来る。気の弱い私は、いつも

この高飛車に押しまくられてしまう。そしてあとで後悔したり、いまいましがったりする

のだが、つぎの機会には、やっぱり押しまくられてしまうのである。

 この時も、私が露骨に迷惑そうなかおをしてみせるのも委い細さい構わず、直記のや

つ、例の手で押して来た。

「ところで、その男だが……」

 と、かれは話しかけたのだが、そこで急に気をかえたように、

「いや、……それより……そうだ……君はあの事件を知っているか。ほら、キャバレー

『花』で去年起こった事件、佝僂の画家が狙そ撃げきされたというあの事件さ」

 私はびっくりして直記の顔を見直した。話が思いがけぬ方向へ飛躍したせいもあるが、

直記がいま話題にのせた事件というのが、かなり変へん挺てこな事件で、あれからもう半

年もたっているのに、いまだに私の頭脳のすみに、妙な印象をのこしていたからである。

 その事件というのを、一応ここに紹介しておくことにしよう。

『花』というのは、戦後雨後の筍たけのこの如く出来たキャバレーのひとつで、場所は銀

座裏である。三文小説家であるところの私は、むろんそんな場所で捨てる新円の持ちあわ

せなどあろう筈はずはないから、その方面の消息についてはいたってうといほうだが、仙

石直記の話によると、同じキャバレーでもかなり豪華なものらしい。

「キャバレーにもピンからキリまであってね。昔でいえば場末のカフェー、それよりもま

だお寒いのもあるが『花』はなかなかどうして大したもんだよ。場所もいいしね。尾お張

わり町のすぐ裏っ側、焼ビルの一階を修理してやりはじめたんだが、戦後いちはやく手を

つけたから、あれだけのものが出来たのさね。いまじゃ君、建築法とかなんとかで、とて

もああはやれやアしない。広いし、造作もこっている。ちょっと敗戦国の産物たア思えな

いぜ。もっとも、こういう心がけだから敗けたのかも知れないが……あっはっはっは、そ

んなことはどうでもいい。お説教だの悲ひ憤ふん慷こう慨がいだのってなあおれの柄がら

じゃない。とにかく東京でも、一といって二とはさがらんだろう。第一、バンドが素敵

だ。アトラクションに出る芸人も一流だしね。その代わり高い。べら棒なボリかただ。し

かし、まあ、あれでいいのだろう。どうせ、あんなところへ出入りをする奴ア、ヤミ師

か、ヤミブローカーか。……君みたいな、紳士の出入りをするところじゃない」

 だが、そういう直記はしょっちゅう出入りをしているらしい。

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