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第一章 汝夜歩くなかれ--古神家の一族(2)
日期:2023-12-19 16:15  点击:310

 つまり蜂屋という男はたいへんなウヌボレ屋だが、正直のところ私もまた思想の空虚を

表明せずにはいられない。かれの絵は手法としては象徴派も前期程度で、かなり克明にか

いてあるのだが、さて、何をかれが描こうとしているのか、その点になるとさっぱりわか

らない。女が髑髏どくろを抱いていたり蛇が美童を巻いていたり、そして、そういう絵に

『人生苦』だの『女の神秘』だのともったいぶった題をつけるのがかれのミソだった。そ

こがかれの思想の発露かも知れないが、私にいわしむればむしろ小ざかしい戯作者魂の流

露としか思えない。しかし、世の中にはわからないものに対して妙に畏い敬けいの念を抱

く連中が多いと見えて、蜂屋の商魂はこういう意味でかなり成功しているようだ。

 人間としての蜂屋はまえにもいったとおり佝僂だが、それ以外の点では、かなり均整の

とれたからだを持っている。私は一度かれが与太者とわたりあうところを見たことがある

が、かれが大変な腕力の持主であることを知って、驚くというよりむしろ薄気味悪く感じ

たことがある。顔も人並みというよりも、むしろ苦み走った美男子に出来あがっていて、

芸術家の繊細さはないけれど、押しの太い不敵さは十分うかがわれる。神様もいたずら者

でこういう肉体にこういう秀麗な容よう貌ぼうをあたえるから間違いが起こるので、かれ

は有名な女おんな蕩たらしであった。この男が不具者であるだけならば、あんなにも女を

惹ひきつけなかったろう。また、かれがあれだけの容貌を持っていたにしても佝僂でな

かったら、やはりあれほどの女蕩しにはなれなかったろう。矛盾は時によると魅力とな

る。美男子であるが不具者である。ところが腕力が強い。そういうところに女という動物

はえてして心を惹かれがちなものらしい。

 性格的に傍若無人で一種の嗜し虐ぎやく色情狂だという噂うわさがあるが、そこまでは

私もたしかなことを知らない。いずれにしても蜂屋がそういう男だから、はじめのうち警

察でも、なかなかかれのいうことを信用しなかったらしい。蜂屋の関係した女で、かれに

怨うらみをふくんだものの仕業であろうとしつこく追求したらしいが、蜂屋はまったくそ

の女を識らなかったそうである。いままで一度もあったことも、見たこともない女だった

というのである。で、結句、女のほうで人違いをしたか、それとも酒乱のために一時的な

精神錯乱におちいったのであろう。……と、そういうことになってこの事件は一応ケリに

なっている。

「蜂屋は一か月ほどの入院で全治したそうだが、そのことと君の話というのと、いったい

どういう関係があるというんだね」

 私が訊たずねると、直記は毒々しいわらいをうかべて、

「それなんだよ。八千代のやつが結婚したいという相手が即ち蜂屋小市なんだ」

 私ははっとして直記の顔を見た。

「それじゃ……もしや蜂屋を射ったのは……」

「そうなんだ。八千代なんだ。だが、このことはおれもついちかごろまで知らなかった。

いや、『花』の事件さえ、当時新聞で読んだことは読んだが、別に気にもとめていなかっ

たんだ。ヘボ画工の一人や二人、射たれようが殺されようが、おれの人生には何んの関係

もないことだからね。ところが今度八千代のやつが、蜂屋と結婚するといい出したので、

はじめてはっと気がついて問いつめたところが、果たせる哉かなだ。あの夜の女というの

が八千代だったというわけさ」

 直記はそこでどういうわけか、急に大声をあげてげらげらと笑い出した。私にはその笑

いの意味がとっさにのみこめなかったので、ぎょっとして相手の顔を見直した。何んとな

く、いやアな、不愉快な気持ちだった。

「どうしたんだ、何がおかしいんだ……いったい八千代さんは以前から、蜂屋小市を識っ

ていたんかね」

 そこでまた直記はげらげら笑うと、

「いや、御免、そうじゃないんだ。そうでないからおかしいんだ。まったく愚おろかな話

さ。しかし、愚だからこそ気味が悪い。寅とらさん、おれが笑っているのは必ずしもおか

しいからじゃない。気味が悪いんだ。なんとなくゾーッとするんだ。八千代はその晩ま

で、蜂屋のはの字も知らなかった。会うのはもちろん、そんな奇妙な人間が、この世に存

在することすら識らなかったんだ」

「それじゃ、何な故ぜ……」

「さあ、そこだ、寅さん、君にきいてもらいたいというのは。……古めかしい因いん縁ね

ん噺ばなしだ。血統の呪のろいというやつかな。屋代、君も古神家の一族のことは知って

るだろう」

「いや、詳しいことは知らん、おりおり君にきくぐらいのことだからね。昔の御領主様の

御子孫を知らんというのはちっともったいない話かも知れないが……」

「馬鹿アいえ。しかし、古神家に代々佝僂病の遺伝があるということぐらい知っているだ

ろう。現に八千代の兄貴の守もり衛えという奴がやっぱり佝僂だ」

 私ははっとして直記の顔を見直した。いま直記のいったことが、八千代さんの狙撃事件

と果たしてどういう関係があるのかわからなかったが、古神家の血統にときおり佝僂が現

われるということは、私も子供のときからきいている。

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