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第一章 汝夜歩くなかれ--古神家の一族(4)
日期:2023-12-19 16:15  点击:275

「しかし……」

 と、そのとき私は、いつか直記が語った言葉をふと思い出して、

「いつかの君の話じゃ、君のお父さんは、君と八千代さんを結婚させたがっているという

じゃないか」

「そうさ」

 直記のやつは空そら嘯うそぶいた。

「しかし、それじゃ……」

「まあ、聞きなよ、寅さん、うちのおやじというやつは、そんなことにけじめのある奴

じゃないんだ。あいつは金力と権力の権ごん化げなんだ。自分の野望をみたすためにゃ、

娘も息子もあったもんじゃない。だからさっきもいってある。民主日本の一角にも、こん

な古めかしい話もあるということを……」

 私はとても直記の話をそのまま信用する気にはなれなかった。八千代さんは或あるいは

織部の子ではないかも知れぬ。しかし、恐らく鉄之進の娘ではないだろう。

 いったい、仙石の家というのは古神家の家老の家柄だが代々傑物がうまれると見えて、

数代以前、即ち江戸時代の末期に古神家の御領内に百姓一いつ揆きみたいなことが起こっ

たことがある。その際、四人農民代表が江戸へ走って将軍家に直訴を企てた。直訴は当時

の法はつ度とだから、四人の者はすぐに古神家に下げ渡されて打首かなんかになったが、

私の郷里ではいまでも四人衆様という神社があって、毎年その御命日には盛大なお祭りを

するそうだ。

 その節、古神家でも政まつり事ごとよろしからずとあってお取り潰つぶしか、軽くて改

かい易えきということになるべき筈はずだったが、直記の何代かまえの家老が、罪を一身

に引き受けて切腹したので、危うく難をまぬがれたという、講談まがいの歴史的事実があ

る。そのとき古神家の当主なるお殿様が、涙を流して喜んで、

「仙石ののちを家来と思うべからず、恩人として長くあがめよ」

 と、いうようなことを子々孫々に伝えたそうである。

 ところが同じような事が御維新の際にも起こった。いったい古神家の主人というのは織

部の例を見てもわかるとおり些いささかお人好しで、心しん悸きモーロー性が多いのだ

が、御維新の際の主人もその例にもれず、したがってああいう大変動に処すべき道を全然

知っていなかった。そこを手際よく切り抜けたのは、直記の曾そう祖そ父ふにあたる人物

の手腕だそうで、この人は経済学にも明るかったと見えて、無事に変動を切り抜けたばか

りか、新時代における古神家の土台を立派に築きあげた。おかげでわずか一万五百石の家

柄にも拘かかわらず、古神家は華族界でも有名な資産家だそうだ。その後、大正の大不況

時に華族がバタバタ倒産した際もこれを無事に切り抜けたのは、直記の父鉄之進の手腕だ

そうで、だから仙石家は新時代へ入っても、いよいよ古神家に重きを加えていったのであ

る。

「何しろ死んだ織部という御ご前ぜんが、これまた典型的な生活無能力者で、心悸モー

ロー性そのものだから、あの人が生きている時分から、すでに古神家はおやじのものだっ

た。古い話だ。お家騒動さ。徳川家いえ宣のぶという男は間まな部べ詮あき房ふさに頭が

あがらず、大奥の女勝手たるべしということにしていたそうだが、織部さんもその腹だっ

たかも知れん。お柳さまとの関係もまえから知っていたかも知れんし、八千代がおやじの

娘だということも、ちゃんと御承知だったかもわからん。それを知っていたところで、織

部さんはやっぱり嬉うれしがって、八千代のやつを可愛がったにちがいない」

 だが、これだけでは八千代さんがなぜ、見も識らぬ蜂屋小市を狙撃したのかまだわから

ない。毒々しい直記の話はまだつづくのである。

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