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第一章 汝夜歩くなかれ--八千代と守衛(3)
日期:2023-12-19 16:22  点击:287

「ううん、どうやらまあ助かったが、君から蜂屋によくいっておけ。おやじは危ないか

ら、あんまりとりあわないようにしろと」

「ええ、いっとくわ。でも、あのひときくかしら。こんなことがあると意え怙こ地じにな

るひとなんだから。でも、それより直記さん、紹介して下さらないの。こちら屋代さんで

しょう」

「ふむ、君の御希望によってつれて来た、三文小説家の屋代寅太。屋代、こちらが八千

代。向こうにいるのが兄貴の守衛。こんなことをいわなくてもわかっているだろうがね。

あのからだを見れば……」

 直記はそのあとへあっはっはと毒々しいわらいをつけ加えた。私はこういう扱いになれ

ているから、別になんとも思わなかったが、守衛はビクリとからだをふるわせたようであ

る。いったい人は誰でも肉体上の欠点を指摘されることを、何よりも忌み嫌うものであ

る。直記はそれを知っていて、相手の感情をさかさに撫なであげているのだ。私はむしろ

守衛に同情せずにはいられなかった。直記はしかし、他人の感情などいっさいお構いなし

で、

「しかし、いったいどうしてあんなことが持ち上がったのだ。いや、おやじの酒乱はよく

知っている。蜂屋のからんで来たことも、あいつならやりそうなことだ。しかし、ぼくの

いうのはそのことじゃないのだ。おやじはちかごろ酒をつつしんでいる。飲んでもほどと

いうことに気をつけているようだ。昼日中から酒を飲むようなことはめったにない。それ

になんだってきょう……」

「あら、直記さん、御存知ないの」

「何を……?」

「今日は父の十三回忌よ。それでお母さん、あんな殊勝らしいなりをしているんじゃあり

ませんか。おじさんにはそれが気にいらないのよ」

 直記は眉まゆをつりあげただけで、別になんともいわなかった。

「お母さんにしてみれば、せめてきょうだけは父の想い出に生きていたいのよ。日ひ頃ご

ろの罪ほろぼしにね。ところがそれがおじさんには痛いのよ。良心にさわられるのね、あ

んなひとでも……で、まるでお母さんがわざと当てつけてるみたいに、変にヒネくれて、

気をまわして、そこで面白くないからヤケ酒というわけよ。それもひとりでは詰まらな

いって蜂屋さんを呼び寄せて……その揚句があの騒ぎ。おじさんもちかごろヤキがまわっ

たわね」

 フフンとあざわらうように、八千代さんは鼻のあたまに皺しわを寄せると、部屋の中央

にあるテーブルのそばに腰をおろして、煙草入れのなかから煙草をとり出した。

「火を貸して頂戴」

 直記がライターを取り出そうとするのを構わずに、八千代さんは猿えん臂ぴをのばして

直記の口から煙草をとると、火をうつして、直記の煙草はそのまま灰皿のなかにつっこん

でしまった。

「だけどね、ほんとうをいうとお母さんも悪いのよ。おじさんの気にさわることを承知の

うえで、あんななりをしているんですもの。おまけにわざと蜂屋さんにしなだれかかって

みたり……どうも変よ。おじさんとお母さん、ちかごろ雲行き険悪なんじゃない?」

 直記はブスッとしたままこたえなかった。

「お母さんも若い若いったってもう年ですものね。いくらか後ご生しよう気つけが出て来

たのかも知れない。ちかごろよく浮かぬかおをしているわ。きっと後悔しているのよ、お

じさんとのこと……それでおじさん、納まらないのよ。どう? おじさんちかごろ、妙に

いらいらしてるように見えなくって?」

「そんなことはどうでもいい。それより八っちゃん、おれが気になるのはあの刀のこと

だ。おやじ、いったいあの刀を、どこから引っ張り出して来たんだ」

「あの刀って……?」

「八っちゃん、おまえ忘れたのかい。おやじめ、酒乱を起こすとあの刀を振りまわすくせ

がある。危なくって仕様がないから、ついこのあいだ、おまえとおれとであの刀を、おや

じの眼につかないところへかくしておいた筈はずじゃないか。それをいったい、いつの間

……」

「と、いうことは誰かこの家に、ぼくを殺させようと企たくらんでるやつがあるわけだ

ね」

 私たちがふりかえると、ポーチから入って来たのは蜂屋小市であった。蜂屋のやつどこ

かでおめかしをしていたに違いない。服を着更え、髪をきれいに撫であげて、そうしてい

ると佝僂とはいえ、色の浅黒い、なかなかの好男子である。かれの顔を見たとたん、私は

そっと守衛のほうをふりかえってみた。守衛は毛虫にでもさわられたように、ビクリと眉

をふるわせたが、それでも、立って出ていこうともせず、ソファに坐すわったままそっぽ

を向いている。

「蜂屋さん、それどういう意味? あなたはこの家のお客さんじゃありませんか。別に深

い関係があるわけじゃアなし、フフフ、誰があなたを殺そうなどと、考えるもんですか」

「そう、いまンところ、まだ別に深い関係はないさ。しかし、早晩、切っても切れぬ関係

が出来ようとしている。八っちゃん、そうじゃないのか、君は……」

 なれなれしく、蜂屋が八っちゃんと呼んだ刹せつ那な、私は首筋へ毛虫でも入れられた

ようにゾクリとした。なんともいえぬいやアな気持ちだった。八千代さんはフフンという

ように、鼻のあたまに皺を寄せて、煙草の煙を輪に吹いている。蜂屋の眼が急にギラギラ

輝いた。

「蜂屋君、君はしかし、どうしてそんなことを考えるんだ、この家に君を殺そうと企んで

いるものがあるなんて……」

 蜂屋は急に直記のほうをふりかえった。

「あの刀だ」

「あの刀?」

「そうだ、あの刀だ。いまそこで聞いていれば、あの刀は君と八っちゃんのふたりで、お

やじの気のつかぬところへかくしておいたというじゃないか。ところがおやじめ、癇かん

癪しやくを起こして何かえものはなきものかと、ぐるぐる座敷を見み廻まわした揚句、が

らりと押入の襖ふすまをひらくと、……」

「がらりと押入の襖をひらくと……?」

「そこにちゃんと、あの刀があったのだ。おい、これを君たちはどう説明するんだ」

 蜂屋はニヤニヤわらっている。しかしその眼は妙にギラギラ、兇暴な光をうかべて、ひ

とりひとり突きさすように顔をにらんだ。

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